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グランド・ブダペスト・ホテルのmiporingoのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

アメリカ映画だと、ヨーロッパが舞台であってもアメリカっぽくなることが多い気がするけれど、この映画はアメリカの匂いがぜんぜんしなくて、ヨーロッパ(といっても東欧)の雰囲気が漂う。そして、おしゃれで可愛くて美しさが散りばめられた世界の中に、可愛くないブラックな要素や歴史の不条理な要素が入って、大人の映画に仕上がっている。
独特の美学が溢れたこの映画の魅力に関しては、あちこちで語られてるのでディテールは割愛しますが、わたしがこの映画が好きな理由は、グスタヴ・Hが自分の世界を守ろうとすることで、周囲の善き人々をも幸福にしている点なんですよね。誰かのためにとか、自己犠牲とか、ましてや世の中の平和のためになんていう大仰な理想を持っているわけではなくても、多少現実主義的な部分があるにせよ、自分と自分の守るべきそれほど大きくない世界を心得て、詩を暗唱し、香水やワインにこだわり、仕事と友情を大事にする(ドミトリーの「セックスもしたんだろうな?」という問いに「それは、お友だちですから」と礼儀正しく答えるところで笑った)ことが彼の流儀であり正義。自分をきちんと愛しこだわりに忠実であることはたんなるエゴでも悪いことでもなくてむしろ他者を大事にすることにも繋がるってことを感じた。
個人的なツボは、絵画『少年とリンゴ』を盗んだ後に代わりに掛けた絵がエゴン・シーレの作品。これを後にドミトリーが怒りにまかせて切り裂いてしまうんだけど、エゴン・シーレの絵画が価値がないとは思えない。時代的にまだ認められていなかったんだろうか? いや、やっぱりドミトリーの芸術を見る目がなかったことを暗示してるんだろう。それとも贋作? あの美しいティルダ・スウィントンが84歳のマダムD役だったというのもあとで知って衝撃だった。
最後にこの架空のズブロッカ共和国は、どうみてもナチを表している架空の帝国の手によって消滅してしまい、ハッピーエンドとはいかない。そして、大切なものを失ったゼロは、巨額な富を得ても、幸せではなく、孤独で悲しげで、うつろだ。変わり果てたホテルと同じ、過去の幸福を抱いてかろうじて生きながらえている。
『シュテファン・ツヴァイクの著作と生涯にインスパイアされた』というクレジットは、一瞬で、しかもさりげないけれど、ええ?あの『マリー・アントワネット』のツヴァイク?って思って調べたら、彼は、人類は第一次世界大戦後を教訓として世界には平和が訪れると信じていたのに、ユダヤ人であるが故に迫害され、かくして第二次世界大戦は勃発し、亡命先のブラジルで自殺している。このあたりは、町山智浩さんが詳しく語っていて、とても興味深い。
https://miyearnzzlabo.com/archives/18434
ツヴァイク自身が、主人公であるコンシェルジュのグスタヴのモデルであるということらしい。ツヴァイクの自伝を読んでみたくなった。
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