ボブおじさん

愛の嵐のボブおじさんのレビュー・感想・評価

愛の嵐(1973年製作の映画)
4.1
物語の始まりは1957年、冬のウィーン。ナチスの残党狩りが続くこの街の片隅で、かつてナチスの親衛隊将校だったマックスは、いまではホテルの夜番のフロント係としてひっそりと怯えながら暮らしていた。

そんなある日、マックスの勤め先のホテルに、オペラの若手指揮者アサートンが美しい妻を伴いやってくる。彼の妻はなんと、かつてユダヤ人強制収容所で、マックスが自らの性的慰み者として寵愛したルチアだった。

〝忘れた過去が蘇った。亡霊が再び私を支配しようとしている〟自分の過去を知る〝危険な女〟はまた、自らが愛した女でもあった。そして、女の肉体には憎むべき敵であった男の愛欲の記憶が刻まれていた。

運命の再会を果たした2人が、再び倒錯的な愛欲にのめりこんでいくさまを、イタリア人監督リリアーナ・カヴァーニが退廃的なエロティシズムで鮮烈に描写する。すごい監督だと思っていたが、後にこの監督が女性であることを知り再び衝撃を受けることとなった。

初めて見たのは、高校生の時だった。ユダヤ人の焼印が押された腕に、うやうやしく口づけをするなど強烈な描写が続くのだが、中でもとりわけ、ナチスの将校たちの前で半裸になって歌い踊るヒロイン、シャーロット・ランプリングの姿は初めて見てから40年以上経った今でも深く脳裏に刻まれている。

戦争という悲劇を、善と悪という単純な構図で描かずに、過去の傷から傾倒した愛に溺れてゆく2人を通じて人間の本性を抉り出す。だが一方でタブーをものともせぬその反社会的な内容と強烈な性描写で、公開当時から多くの非難を浴びたことも頷ける。

現代の特に女性がこの映画を見たら激しい嫌悪感を抱くかもしれない。だが本作を撮るために徹底的な調査と取材を行ったカヴァーニは、ある収容所生還者の女性から聞いた一言でこの映画の方向性を決意したという。〝犠牲者がみな純粋で潔白だなんて考えないでください〟。

戦争の被害者が加害者に対して激しく愛を求める。この極めて背徳的でセンセーショナルな描写は、決して興味本位の話題作りのためではない。

戦争という非常時における異常な環境下に置かれた男女が、果たしてみんな正常に人を愛せるようになるのだろうか?画面を通してカヴァーニが圧倒的な自信と共に問いかけてくる。