LUXH

チョコレートドーナツのLUXHのネタバレレビュー・内容・結末

チョコレートドーナツ(2012年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

皆のレビューで揺さぶりをかけられ、観る前からある意味完結してしまう映画。思い思いの言葉で一人一人の心に届いた事が解るだけでも喉元にこみ上げてくるものがある。オフィシャルサイトによればマルコには実際ダウン症の俳優を夢見る役者さんが起用されたとのことだ。ダンスのシーンが異様に巧くて驚いた。特技を取り入れたか或いは練習したのだろうか。この作品でいうところの"私たちはいつだって不可能"側に立たされる彼が銀幕に上がった事はいずれの形にせよ1つの開けた世界という面を覗かせていると感じる。(彼の母が立ち上げたハンディキャップを持った大人のための演劇学校生であるとの記事もある。ここでも母の愛を感じるドラマが…道が無ければ切拓いてゆく、という強さを勝手に想像してしまいます)

本編では痛烈な善悪というか敵は誰か?という点でのアプローチは強く描かれていないと思う。年代もそんなに主張していない。そういった意味でイマドキの演出かも。ブルースを歌い出す形式はよかった。ヒューマンジャンルが好きだけど映画館ではあえて外してもいいかもと思い始めていた矢先だがこれは観たかったな、と思った。瞬間的で普遍的、私達は時間を切り取って対峙したいテーマであり作品であったと思う。

産前に判明しないというケースもあるが、ダウン症で堕胎するパーセンテージは90を上回るという。倫理観も問われるが私も体的な不安(遺伝への不安)を抱えている故、親にコンプレックスを持っている故に産み育て上げる決心がつくかどうか。子が幸せになるとはどういうことか。過去養子について馳せた期間もあったが一大決心はつかず有耶無耶なままだ。作中で実の母親はドラッグには溺れていたが子を忌み嫌っていた訳ではない。

本作はストレートで離婚歴のある検事と、ハイスクール時代から同性愛を自覚した歌手を夢見る彼が瞬時に燃え上った直後、施設送りにされた子供を目の当たりに面倒を見たいという気持ちが芽生える。ルディは臆さず情熱的で愛情深い。オーラで"一般人"から明らかにゲイ呼ばわりされるが余裕の表情だ。"遍歴を話してもいいけど恋して傷ついて皆と同じ、ありふれているでしょう?"と歌うところからも、引け目一つ感じさせず生きている事に羨望すら抱く。

同性愛が健全でない、という定石があるなかでふるまう人々、子供を重視する立場で公正に見極める事ができる人々、同性愛を自認している人々が登場する。結果的に裁判で差別を下した人々にマルコの行く末を簡潔に述べた手紙が送られたが、遅かれ、この時、各々の心に届いた事が窺える。

血縁でなくても恋人と子どもと家族のように暮らしていると同性愛仲間から僻みの一つも飛んでくる。そこもなんか"普通"を強調しているような気がした。ルディは社会的に普通の親じゃない、適任じゃないと言われる事にとても激昂していた。誰だってそうじゃないか。世を計る場所で子への愛情を否定されるのは辛すぎる。

2人の恋人関係への発展は早熟であったが子は愛を生む。親も成長する。マルコが彼らを育んだとも言えると思う。自分の歩む人生に地位や名誉ではなく慈しみや誇りを与えてくれる。私もそれを選べる人間にいつかなれるだろうか。LGBTの肯定や認知、カミングアウトには賛同的だが私自身グレーゾーンな年月があり(普通になりたくて男の子になりたかった、そして普通に女の子として社会的に扱われる事を理解してこの性別でいることを受け入れた)、何故こんなにも前に進む力があるのか、こういった映画に賛否の念を抱く姿勢はないかもきになるところで心がざわざわするのも正直な話だ。ルディ役はどう思っただろう。快諾したというが役と問題意識の中で揺れた事はなかっただろうか。でも映画の中ではしっかりと立ち位置に両足をつけている。

コミュニケーションが著しく上がったと評されたマルコだったが、不穏なオーラを感じることには応じないところに勘の良さと賢さを感じる。しかしラストの結末になるような道しか選べなかっただろうか。学校の名前を言ったりしていれば。そんな事も感じてしまうが彼の心情を痛ましく思う事しかできない。帰れる日を待って泣いていた彼を悼む事しかできないのもまた観衆の心に訴えかける。多様な問題を詰め込んでいるが様々な価値観を持つ人々の多くに社会への怒りを前に感じさせる映画はなかなかないと思う。

That's no my home.
That's no my home.
any day now any day now..I shall be released We shall be released

終わってからじわじわとこみ上げる作品であった。原題はとても直喩に近いメッセージ性があるが、邦題は日本人が好きそうな諷喩を巧く選んだものになっていると思う。ルディ役の話に戻るが10年弱前に同性婚の認められるイギリスで式を挙げ「いつの日かアメリカでも認められる日が来れば」と願ったそうだ。ついぞ今年2015年、同性婚は合憲とアメリカ全土で認められるようになった。時代は繰り返す面もあるが、少しずつでも動いているのも確かだ。