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北朝鮮強制収容所に生まれてのodyssのレビュー・感想・評価

3.5
【告発映画というよりも】

北朝鮮の強制収容所、およびそこで育った青年の生活と意見を扱った映画です。

といっても、北朝鮮強制収容所に直接的にカメラを入れて撮影することは不可能ですから(ごく一部、隠し撮りした映像も入っていますが)、関係者の言葉による証言、そして簡単なアニメによって分からせるようになっています。

北朝鮮では政治的に体制と合わない人間は強制収容所にぶちこまれます。その数は20万人とも言われています。

強制収容所の実態は、たしかにひどい。ちょっときれいな女囚は監視人に手込めにされて、妊娠すると適当な理由を付けて殺されてしまうそうです。また食事がきわめてお粗末で、粥と白菜しか出ない。量も少なめ。ですからタンパク質を補うために、ネズミなんかを捕らえて丸焼きにして食べたりするということです。

この映画の主役の青年は、父母が政治囚だったので収容所の中で生まれ育ちました。そしてあるとき、脱出の計画を母と兄がたてていることを知り、密告をして二人を処刑に至らしめます。

この映画が作られて時点ではその青年は中国経由で北朝鮮を脱出し韓国に住んでいるのですが、そういう半生を淡々と語るところにむしろ凄みがあります。つまり、近い血縁者を密告によって死に至らしめたことを悔いている様子がない。そういう教育を受けたのだから当然だというのです。たしかに、そういう教育を受ければそうなるでしょう。子供は教育次第で、王党派にも民主主義者にも、テロリストにも人道主義者にもなるのですから。でも、そういう例を目の当たりにするのは、必ずしも気持ちのいいものではありません。

また青年は、北朝鮮を脱出する前にまず強制収容所を脱出します。そして北朝鮮に生活する普通の人びとが買物をしたりするところを見て、その豊かさに感動したと言います。たしかに、強制収容所で毎日、粥と白菜ばっかり食べていた身には、先進国からすれば貧しくとも北朝鮮の普通の人びとの食物はリッチに見えたでしょう。そこまではいい。

しかし、青年はその後韓国に暮らすようになるのですが、韓国の現状には否定的なのです。カネがすべての社会だから、と言う。そしてもし北朝鮮の政治体制が変わったら、北に帰って農業をやりたいという。

この辺になると、色々と考えさせられるところが多い、という気がするわけです。韓国の現状を批判する青年の言葉は、必ずしも北朝鮮強制収容所で教育を受けたから、とは言えない部分があるのではないか。

例えば、戦後間もない頃(つまりアメリカと日本の経済格差がまだ大きかった頃)、評論家の福田恆存はアメリカに留学しましたが、そこで乾燥機を使って洗濯物を乾かしている主婦から、日本には乾燥機がないのかと憐れむような口調で言われて、「アメリカは何て貧しいんだろう」と思ったと言います。洗濯物なんか洗濯竿にかけておけば自然に乾くのに、わざわざ電気エネルギーを費やして乾燥機にかけて洗濯をしていることは貧しいことなのだ、そう彼は見たわけです。私は、この映画を見て、そんなエピソードを思い出し、うーん、と唸ってしまったのでした。
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