カタパルトスープレックス

インヒアレント・ヴァイスのカタパルトスープレックスのレビュー・感想・評価

インヒアレント・ヴァイス(2014年製作の映画)
4.7
難解と言われるトマス・ピンチョンの小説『LAヴァイス』を群像劇がうまいポール・トーマス・アンダーソン監督が見事に映像化した作品です。

トマス・ピンチョンの小説で最も難解な『重力の虹』ほどではないにしても、本作は登場人物が非常に多い。いくつかの事件が同時進行していきます。一体何が起きているのか、ぼんやりとしかわからない。しかし、ポール・トーマス・アンダーソン監督は巧みなキャラクター造形で引っ張っていきます。以前からうまいと思っていましたが、今回は特に光っています。主人公で私立探偵のドック・スポーテッロ(ホアキン・フェニックス)、ロサンゼルス市警のビッグフット(ジョシュ・ブローリン)、ドックの元カノで事件の中心にいると思われるシャスタ・フェイ(キャサリン・ウォーターストン)、いろんなことの渦中にハマってしまったサックス奏者コーイ(オーウェン・ウィルソン)にドックの相棒的な弁護士(ベニチオ・デル・トロ)などなど。個性的な役者を配置しながら、ちゃんと一つの世界観を作り上げている。

特にホアキン・フェニックスの演技は白眉ですね。ジョーカーや前作『ザ・マスター』(2012年)のフレディ・クエルのような壊れた人間を壊れた人間のように演じるのって難易度としては低いと思うんです。もちろんホアキン・フェニックスはすごいですが、彼からしたらイージーなんじゃないですかね。ぶっちゃけ、叫んだり暴れたりすればいいんだもん。それよりも本作のような一癖あるけど普通の人物を特徴的に演じる方がよほど難しいと思う。それは彼の出演作では最新作の『カモン・カモン』(2021年)でもそう思いましたが。

テーマは「なるようにしかならない」なんでしょうね。原作『LAヴァイス』でも登場し、本作のタイトルともなっている「インヒアレント・ヴァイス」は保険用語で「壊れる性質のものは壊れるものなので補償の対象外」ということらしいです。ガラスは割れる、チョコレートは溶ける。ロス・アンジェルスを船に例えれば「インヒアレント・ヴァイス」のようなもの。

ストーリーは三つの事件が絡まり合い、一つの方向へ進んでいく。登場人物も多いし、全体像を把握することは難しい。さすが、トマス・ピンチョンの作品。しかし、本作のテーマのように「なるようにしかならない」ので、物語に身を委ねるしかない。全てが解決されるわけではないですが、観終わった後は少し幸せな気持ちになれる。そんな素敵な作品です。

ポール・トーマス・アンダーソン監督といえば出世作『ブギーナイツ』(1997年)や多くの賞を獲得した『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)の方が有名で、観ている人も多いと思います。でも、ボクは本作が一番好き。もっと多くの人に観てほしい。