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どうしても触れたくないのmeltdownkoのレビュー・感想・評価

どうしても触れたくない(2014年製作の映画)
3.5
怪作。

物語の序盤に映った嶋の後ろ姿があまりにもそれっぽかったため、演技指導が優秀だなと感動したのもつかの間、外川の「そういう流れだろ」に始まる不可解な描写の数々に腹筋が決壊寸前なのであった。なぜ嶋は萌え袖なのか。ジャストサイズの服を買わないのか。なのになぜ外川の家でのセックスの後に渡された着替えのパーカーはその身長差にも関わらずジャストサイズなのか。誰の服なのか。そもそもなぜ外川に上半身露出シーンを設けたのか。腹が緩すぎじゃないのか。一方なぜ嶋は片乳首の露出で終了なのか。あの乳首は実はスタントではないのか。という疑問の数々に加え、二人の恋愛に関わらない描写の一切を省略する少女マンガ的切り口といったさまざまな緩さに正直なところ辟易していたのである。(ちなみに嶋役の方は身長163cm体重58kgだそうなので下手すると外川よりガタイが良い)

とはいえ、外川と嶋の関係がきしみ出すようになると、制作サイドがどこまで自覚的なのか判然としないものの、徐々に物語の動きがスクリーン上の描写と微妙なずれを見せるようになってくる。幾度となく挿入されるフラッシュバックは嶋の元彼の姿を外川と対比させるように想起させるのだが、小野田が外川に漏らした嶋の不安を思い起こしてみるとその不安の根源は決して元彼との関係のみに還元され得ない。嶋が見る亡霊の正体はその元彼ではなくて、劇中には全く描かれないものの過去に嶋の上を通り過ぎていった全ての男たちであったことだろうと思う。

過去に多くの男が嶋の外見に惹かれ、身体を求め、そして飽きて別れるというサイクルを繰り返す中で嶋のニヒリズム一歩寸前のペシミズムや自分には外見以外に何もないという自己卑下の心理は醸成されていったのだろうし、そして嶋にとっては外川も彼らと全く同じように見えたのだろう。この物語で描写されるのが、恋愛の情熱のただ中にいる人間と、その情熱の果てにある絶望を知る人間との戦いであったことを思えば、外川の劣勢も推して知るべきであり、外川によって明かされる自身の悲惨な過去も嶋のバイアスを増強する方向にしか機能せず、さらには別れの場面における嶋のかたくなな態度も、外川のためを思っているふりをしながらも実際は単に外川を責める構図となっている。あなたと僕の間にはセックスしかなかったじゃないか、あなたと他の男たちはいったい何が違うのか、この関係からセックスを取り除いたら残るものは何なのか、と。外川はここで嶋にセックスを求めることによって、逆説的に嶋のペシミズムにひびを入れる。もし本当に、お前の言うとおりなのだとしたら、と嶋に想像を迫るこのシーンは、前半の緩さからは想像もつかないほどドラマ性にあふれている。

ひとりになった後、外川から預けられたままになっていた煙草を嶋が見つけたとき、今まで見ないふりをしていたものの存在に改めて気付き、彼は決壊する。外川に与えられていた気遣いの数々。彼の気持ちを今まで考えようともせず、自分が傷つきたくないあまりに彼を振り回し、結果として彼を傷つけていたのは単に自分のわがままに他ならなかったという事実。煙草と嗚咽のみによって端正に状況を切り出す手さばきは非常に自分の好みで、このシーンだけで前半の雑な描写を不問にしようと心に決めたのだけど、とはいえこれが映画制作に真摯に向き合った結果として生まれたのかというとそうだとも思えず、単に観客層の文脈把握力を信頼した結果として発生した奇跡なのではないかという気がしている。

この映画の最終的な結論がああであったにも関わらず、結局物語の最後までセックスの向こう側に何が存在するかが描かれなかったことを考えると、外川との逢瀬の先こそが、たとえば「アデル、ブルーは熱い色」におけるアデルの彷徨のように、嶋にとっては本当の地獄巡りの始まりなのだろうし、少なくともこれがハッピーエンドの一言で済ませられるほど爽やかな物語には見えないのだけれど、もしかしたら残酷童話なのかもしれないとしてもそれはそれとしてこの映画を心に留め置こうと決めた次第である。とりあえず原作を読んで例の「そういう流れだろ」が本当にそういう流れだったのかを確認したいと思う。

余談だが、外川の家にコンドームはまだしも潤滑油的なものがあるとも思えず、そうすると彼らは一体どうやってセックスをしたのだろうか、と訝しく思っている。3次元にもいわゆるやおい穴は存在するのか。関係ない話で恐縮なのですが私は「何もなかったからオクラを刻んだ」という話を拝聴したことがあります。

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これ4年前にどこかで書いた文章なんですけど、映画が再上映されるというニュースを見てつい出来心で再アップロード。ていうか働きだしてからぜんぜん映画を観に行けてない。
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