エリス中尉

自由が丘でのエリス中尉のレビュー・感想・評価

自由が丘で(2014年製作の映画)
5.0
半分以上のシーンで吉田健一の本が映り込む。映画史上後にも先にもこんなことは二度とないだろうが、さてその「時間」の世界観を劇中で加瀬亮が話したように表層的になぞってちょっと分かりにくい時間軸の配置なのだけど、別にだからといってそれで物語が難解になるというわけでもないし、酒とタバコのシーンの中に吉田健一的なダンディズムが浮かび上がっているかというとそうでもなく、映画の肌触りとしては従来のホン・サンスと全く一緒だ。吉田健一が書いたちょっとしたことをいかにも映画的なアクシデントを用いてさらっと転用することでひねくれた映画作家としてのアイデンティティを強化しているだけではある。しかしストレートにあのシーンで終わらせればよいものを、わざわざ最後で煙に巻く。それによっていままでのホン・サンスには濃厚ですらあったロメール的カタルシスとは別のものがここに来て出来上がったということは確かだ。「三人のアンヌ」でもその兆しが見えてはいたが、イザベル・ユペールという存在によってフランス映画の影が付きまとってしまいいまひとつ新次元に到達はできていなかったように思える。だからこそこの今作で、ヌーヴェルバーグの影響を受けた韓国の映画作家、という枷をわざわざはめて鑑賞するのはそろそろ卒業してもいいんじゃない?という意味でのネクスト・レヴェルの傑作が誕生した。
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