櫻イミト

ユダヤ人ジュースの櫻イミトのレビュー・感想・評価

ユダヤ人ジュース(1940年製作の映画)
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ナチス製作映画の中でも“最悪”と評される最初のユダヤ人差別史劇。監督はナチス・プロパガンダ映画の筆頭ファイト・ハーラン。主演はダグラス・サーク監督「南の誘惑」(1937)のフェルディナンド・マリアン。助演に“帝国水死体”の異名を持つ女優クリスティーナ・ゼーダーバウム。当時ドイツ国内で2000万人以上が観た大ヒット作。

★本作を企画したのはゲッペルス宣伝大臣。同じ原作でユダヤ人差別を問い直す内容の英映画「武器なき戦ひ」(1934)を改ざんリブートさせた一本。

1730年ドイツ・ヴェルテンブルク公国。ユダヤ人の銀行家ジュース・オッペンハイマー(フェルディナンド・マリアン)はアレクサンダー侯爵に取り入ろうと高価な装飾品や金を大量に貢ぐ。喜んだ侯爵は、百年以上にわたり都市部へのユダヤ人の立入りが禁止されてきたにも関わらずジュースを国の財務官に採用。さらにジュースは好色な侯爵の為に若い女性を次々と調達、一方で市民から徴収する税金を大幅に上げ反抗する者は処刑とし、侯爵とジュースの富を大きく膨らませていく。生活に苦しむキリスト教市民を尻目に、今度は都市部へのユダヤ人立ち入り禁止法を廃止させ、汚い姿のユダヤ人が大量に都市に移動。これらの権力乱用に議会が反対すると、ジュースは議長を謀反罪で投獄し清純な娘ドロテア(クリスティーナ・ゼーダーバウム)を強姦、水死自殺に至らしめる。。。

※以降ネタバレはコメント欄

映画の作りは勧善懲悪エンターテイメント。その点だけで観たら映像・演出・演技・シナリオとも上出来と言わざるを得ない。ラストの空中絞首刑はリメイク元の「武器なき戦ひ」よりもしっかりと描写されている。これがフィクションで架空の世界の話であれば、悪行は徹底的に憎々しく描写され最後には天罰が下り地獄に堕ちるという、溜飲の下がる一本として評価できたかもしれない。

しかし本作はオープニング字幕から「これは史実に基づいています」と嘘をつく。この時点で最悪だ。虚偽を自覚しながら真実だと唱えることが洗脳の基本なのだ。平時であればユダヤ人による陰謀論など馬鹿馬鹿しいと冷静に判断できただろうが、全体主義下の同調圧力の中では理性は流されやすくなる。本作の存在がホロコーストに大きく加担したのは間違いないだろう。あまりにも罪深い一本。

※本作のデータや背景は日本版Wikipediaに詳細に記載。

※主演フェルディナント・マリアンについて
(『ヒトラーと映画』よりMEMO)
・妻マリアの連れ子がユダヤ人とのハーフだったため、それをネタにゲッベルスに脅され、しぶしぶ本作の主演を承諾。
・戦後の戦犯裁判では罪に問われなかったが本人は出演したことを気に病みアルコールに依存。翌1946年に自動車で激突自殺した。
・その直後に妻マリアは水死体となって発見された。

※ファイト・ハーラン監督と女優クリスティーナ・ゼーダーバウムは夫婦。ゲッペルスお気に入りの監督&女優としてプロパガンダ映画を量産し、後に“呪われたカップル”と特記されることに。ゼーダーバウムの役どころはドイツ人女性の誇りを胸に水死犠牲となるのが定番だったことから“帝国水死体”との異名が付けられた。夫婦ともに戦犯裁判では免罪。
二人の作品にはプロパガンダ色の薄い秀作メロドラマも多いとのこと。
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