シャチ状球体

ババドック 暗闇の魔物のシャチ状球体のネタバレレビュー・内容・結末

ババドック 暗闇の魔物(2014年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「思ったらすぐ口に出すのは父親ゆずりで」
この台詞がこの映画を簡潔に表している気がする。

結論から書くと、恐らくサミュエルはASDとADHDの両方を持っている。発達障害は遺伝の影響が大きいので、恐らく父親もそうだったのだろう。
友達がいなくて、思ったことをすぐに口に出してしまう。そんなサミュエルの様々な行動は、いわゆる他害行動と呼ばれるもの。従妹のツリーハウスに侵入するシーンは特に分かりやすく、彼は他人のパーティが嫌だったのだ。だから逃げ場としてツリーハウスの隅でじっとパーティが終わるのを待っていたのに、従妹が「父親のいない子ども」という発言をしたから、激高してしまった。
パパドックとは彼が作り出した幻想だ。何故なら、サミュエルは父親の死因を知っているから。自分が生まれたせいで父親が死んだとまで思っているのかもしれない。だから、世界に対する絶対的な不信感を抱えている。後悔、贖罪意識、諦念、渇望。そういった負の感情が彼の頭の中で渦巻き、逃避手段としてババドックという存在を創り出した。自分自身では抑えきれない哀しみと怒りの入り混じった衝動を、ババドックを創り出すことで紛らわせようとした。しかし、その感情は母親であるアメリアにも伝染していくのだ。

アメリアもまた、シングルマザーとして計り知れない苦しみを抱えている。妹は冷たいし、"大変な"人たちばかり周りにいるし、サミュエルは普通になってくれない。生活が破綻してしまうかもしれない。子どもが死んでしまったらどうしよう。子どもを傷つけてしまったらどうしよう。この子が産まれなかったらこんなに苦しまずに済んだのに。
そんな考えに支配されているアメリアは、簡単にババドックを自分の中に取り込むことが出来た。アメリアとサミュエルの抱える感情は、ほぼ同一のものだから。
あと、精神的に疲れ果てたアメリアがホラー映画を観まくっているのも興味深い。追い込まれた人間の心と、ホラー映画で映し出される惨状は親和性が非常に高いのだ。アメリアには現実がホラー映画みたいなものに見えていることを表現する描写が秀逸。

最後は全然ハッピーエンドじゃない。確かにババドックは大人しくなったけれど、母子を取り巻く環境は全然変わっていないし、何なら人間関係は悪化している。そして、サミュエルは決して成長したのではない。"自分が嫌われないための方法を知った"のだ。いわゆるマスキングである。
ここ大事なのでもう1回。サミュエルは成長したのではなく、"他者に合わせなければ自分が排除されて死んでしまう"ことを学んだ。それは徹底的に自我を排除しなければできない、どんなことよりも辛い行動だ。

このまま何もしなければサミュエルは恐らく、大人になっても人に言っていいこととダメなことが分からない。場の空気という概念が理解できない。自分の苦しさを上手く相手に伝えられない。自分でどんなに気を付けても自動的に人に怒られたり嫌われていくから、人と関わらないこと、または自分で自分を殺すことが社会との関わり方だと学ぶかもしれない。でも、表面上は穏やかに取り繕うだろう。自分の心に1本1本釘を打ちつけながら。
唯一の救いは、劇中でアメリアが病院にかかっていることだ。精神科を予約しているので、その流れでサミュエルも診てもらえるかも。

一番恐ろしいのは、Googleでこの映画を検索する際の予測変換に「クソガキ」という単語が出てくること。そう思う人が”普通”なのかもしれない。言い換えると、多数派でもある。
世の中は、多数派が暮らしやすいような社会構造になっている。

私はこの映画に感銘を受けた。だって、下手なドキュメンタリー映画よりもシングルマザーとその子どもの苦悩が伝わってくるから。最近観た「君はいい子」のように、児童心理学や発達障害に精通した人が携わっていなければここまで現実的な描写はできないだろう。
よくあるB級ホラーかと思って観始めたので、良い意味でかなりの衝撃を受けた。だって、この映画で描かれているのは発達障害の子どもを持つ母親、そしてその子どもの"現実"だもん。
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