まぬままおま

人に非ずのまぬままおまのネタバレレビュー・内容・結末

人に非ず(2014年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

矢川健吾監督作品。
PFFアワード2014審査員特別賞受賞作品。

小笠原諸島の父島にあるホテルに住み込みで働くために内地からやってきた「男」。左右田次郎は父島の美しい自然を享受するような人物ではなく、内気な青年だ。彼がこの島にやってきた理由は分からない。

彼に仕事を教える若手の夏希、社長夫婦の坂口慶一、みどり。
内気な青年が、この島の住人と出会いや触れ合いを通して人間性を取り戻す話かと思いきやそうではない。

夏希はたばこ休憩の代わりに歯磨き休憩をする変な人だし、社長夫婦は次郎と夏希を監視する。慶一は夏希に言い寄り、みどりもまた地主と関係を持っている。

端的にこの島にはヤバい人しかいない。島という閉塞した空間では、人間がガラパゴス化する。そして海に続くような開放的な関係性はなく、常に見られる潮風に似た粘り気のある関係性しかない。

夏希が慶一に性加害を受けたことを発端にーそれは劇中で直接的に描かれていないがー、次郎は人間を辞め始める。ヤギのように崖を這い、ハンターから銃を奪って、ホテルの従業員と社長夫婦を射殺する。

感情のままに人を殺す。しかし殺しの準備はあまりにも人間的である。ホテルの間取りを調べ、ペンキの塗装を助言し、血で汚さないためにシートで覆う。縄跳びで肉体の鍛錬をしたり、尖らせた割りばしで襲う動作を練習している。それは滑稽だけど恐ろしい。人間のまま、非人間の行動を準備するのである。

不要な人間を殺し、夏希との二人だけの世界を築いた次郎。それは理想郷であり、楽園だ。それを次郎は求めていたのではないか。内地で何があったかは分からないが、「愛する」人と誰にも邪魔されず生きることが。それが次郎の考える人間的な生き方なのかもしれない。

だがそれは儚く終わる。殺しによって強引に築いた理想郷は彼女が死体を発見し、次郎を殺しかけることで終わる。居場所を見つけるのは難しい、そう夏希は言った。人間が人間のまま居場所を見つけるのは難しい。他者とコミュニケーションし、平等に互いを尊重しないといけないからだ。しかし上司/部下、地元人/部外者といった権力関係によって容易に平等は失われる。非人間的な振る舞いを他者にしてしまう。

次郎は夏希も殺そうとして人に非ずる獣に化してしまった。次郎は草を食むヤギだ。穴に潜み独りな獣だ。

蛇足
ピンポン玉。それは壁当てで独り何かを考える次郎の様子や次郎と夏希が卓球をして幸せなひと時を過ごす表現、そして殺しの罠になる表現と多彩なイメージで反復される。

慶一を殺すのは見せないのも妙である。

夏希を殺す時に大きくぶれるカメラワーク。海に入りずぶ濡れになりながら人物に迫っているの素晴らしい。

ホームビデオ的な画は製作上の限界かもしれないが、それが島の住人とは言えない「何か」の視点を得ていてそれはそれでいい。

トンネルという穴。次郎が隠れるフレームという穴。穴には深層心理、それは人間の奥底にある獣性が潜んでいる。

ラストシーンの長回しは面白い。夏希が獣になった次郎に動揺もせず毅然と別れを言うのもヤバいけど、執拗に夏希の後ろ姿を撮るのは執念だと思って肯定的に受け止める。