きぬきぬ

ミス・シェパードをお手本にのきぬきぬのレビュー・感想・評価

3.6
劇作家/脚本家のアラン・ベネット本人もちらっと出て来るけど、ベネット役のアレックス・ジェニングスさんがチャーミングで素敵で、そしてこんなにイギリス人のシニカルさを満喫したのはひさしぶりかも。
劇作家アラン・ベネットが70年代に住み始めた北ロンドンのカムデンの街で、ヴァンで家々の前を不法駐車し移動する街お風物的ホームレスの老婦人を、自宅中庭に招き入れ15年もの歳月となった関わり合いを、彼の背景と共に描いているのだけど、アラン・ベネットの回想録であり体験記だから、ほぼ実話らしい。

その時代のイギリスの社会や時代背景の中で、少し余裕のある街の住人たちの、老婦人を迷惑がりながらも受け入れる良心の贖罪のような意識、それを施しとして受け入れない為か決して礼を言わない老婦人の気位の高さと強かさ。
原題はそのまんまThe Lady in the Van で、この邦題は集客の為とはいえ、決して良いとは思えない。ヴァンの老婦人はお手本になることは無く、彼女が生きて来た時代と人生の中で、教育を受けながらも頼るべき信仰により、才能ある音楽をも禁じられ抑圧されながら生きてきた一人の女性なのだ。だが我を張り徹す老婦人の強さは、同性愛者というマイノリティの抑圧を感じているだろうベネットにとって、おそらくベネットの実母よりも興味深い存在であり、関わりながらも傍観者の立場を取れる分、謎めいた彼女の自由さに影響されてもいたのでないかな。

作家として世間を観察しながらも、実際に生活している、内面と外面を二人のベネットとして描いているのが面白い。自身の生活や行動さえも傍観として観察している作家視点を具現化させたというのでなく、まるで彼の精神が自身のマイノリティを抱え、世間に対しての裏表で生きているから分裂しているかのように思える。ユーモラスに見せながらも、彼は孤独を抱えていたのだ。

アラン・ベネットは1987年にスティーブン・フリアーズ監督「プリック・アップ」の脚本でロンドン映画批評家協会賞脚本賞 を受賞している。
ミス・シャパードと別れるを告げる頃、80年代半ばには、彼に‘独り言’の必要が無くなることが印象的。

あ、それとこの作品、アラン・ベネット原作戯曲でローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞を受賞し、ニコラス・ハイトナー監督により2006年に映画化された「ヒストリー・ボーイズ」の主要キャストたちが随所にカメオ的に出演してるのも愉しかった♪
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