つのつの

ブラックパンサーのつのつののネタバレレビュー・内容・結末

ブラックパンサー(2018年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

【MARVEL社会派路線の最高傑作】
1990年に発表されたパブリックエネミーの
「burn hollywood burn」という曲には、タイトル通り「黒人を野蛮な人間としてしか扱わないハリウッド映画なんて燃やしちまえ、。そしてスパイクリーみたいに俺たちの(黒人達の)映画を作ろう」という強烈なメッセージが込められている。
スパイクリーとは、80〜90年代にかけてアメリカで活躍した黒人の映画監督。
彼はアメリカの人種差別問題に真っ向から切り込む意欲作を連発し続けた。
それらは発表される毎に物議を醸したが、スパイクリーの映画達はアメリカにおける黒人地位向上運動に貢献したと言えるだろう。
そのようなヒップホップや映画界のブラックムーブメントからおよそ30年後、ハリウッドの大メジャーブランドであるマーベルスタジオから主要キャストが全て黒人のヒーロー映画「ブラックパンサー」が登場した。

しかし本作の前半は、人種差別問題よりもオーソドックスなヒーロー誕生譚に比重が置かれている。
高度で最先端な文明を持ちながらも、それを世界には隠し続けているワカンダ共和国。
新たに国王に即位したティチャラは、仲間と共に早速韓国でのヴィヴラニウム違法取引現場を急襲する。
ここでは狭い酒場での乱闘(ご丁寧に擬似ワンカット撮影まで)からの、車と建物をぶっ壊しながらのカーチェイスといったわかりやすいヒーロー映画的見せ場が次々に描かれる。
しかしワカンダの女戦士オコエが、銃を振り回して襲いかかる敵に対して言う「primitive=原始的」というセリフが意味深だ。

観た人ならわかる通り、本作が「普通」のヒーロー映画の皮を被っているのは前半まで。
中盤からワカンダ共和国に侵入してきたあの男によって、本作は恐ろしいほど巧みに情勢を盛り込んだ社会派アクションであったことが判明する。
その男、キルモンガーは、幼い頃に父親をワカンダの元国王(ティチャラの父親)によって亡くして以来、憎悪の念を持って生きてきた人物だ。
勿論、彼が90年代L.Aに生まれであることを加味すればその怒りの矛先がワカンダだけではないことも明白である。
冒頭で彼が美術館員の飲むコーヒーに睡眠薬を仕込み、ヴィブラニウムを奪うシーンは象徴的である。
西洋的な植民地支配構造を体現したコーヒーを優雅に飲んで、偉そうに講釈を垂れる白人インテリ女をどれほど彼が憎むかは想像に難くない。
そんな彼はワカンダに乗り込むと、俺を国王にしろという要求を突きつける。
そこにはまた、全世界の黒人差別問題に、同志でありながら見て見ぬ振りをするだけだったワカンダへの明確な怒りが現れる。
primitiveという言葉で他国との関係を切り捨てたワカンダ民も、
劣悪な差別行為を働く非黒人もキルモンガーにとっては憎悪の対象だ。
狭い視野で世界を捉え、そこから見過ごされたまま苦しい思いをして生きる弱者のことを想像しようともしない人々こそが、キルモンガーの敵なのだ。
彼の言い分は非常に筋が通っていて、観客も共感しやすい。
寧ろ、恵まれた環境の中で王になろうとしてたティチャラが未熟に思えるほどだ。

実際あっさりとワカンダの政権はキルモンガーに受け渡される。
しかし、キルモンガーが怒れば怒るほど、ワカンダ内での対立が勃発してしまうのだ。
ここには、唯一かつ決定的にキルモンガーの思想の誤りが見える。
武力には武力で、憎悪には憎悪での思想は、それこそスパイクリーが描いた「マルコムX」にも通じるが、その結果は敵との抗争の前に内乱に収斂してしまうのならば、絶対にそれは正しいとは言えないだろう。

さらにキルモンガーが哀れなのは、彼自身は自分の誤りに気付きながらも後戻りができない点にある。
自分の体に刻印された殺してきた人間の数。
それは己の凶暴さの誇示であると同時に、殺人や死が当たり前になってしまった男の痛みである。
クライマックスでキルモンガーとティチャラはついに正面対決を迎えるが、キルモンガーが改心することはない。というよりできない。
これほど不可逆な人の痛みや孤独を抉ったアメコミは、ティムバートンのバットマンリターンズ以来ではないだろうか。

しかしキルモンガーとティチャラが最後に見るあの光景はあまりにも美しい。
まだ幼かった頃、差別なんて知らなかった頃、キルモンガーではなくエリックだった頃に憧れた景色を死ぬ間際に彼は手に入れたのたのだろうか。
それを見たティチャラが、新たなキルモンガーを生む前に行う政策も理想的ではあるが、胸を打たれる。
ラストシーンに出てくるのは、スパイクリー映画がよく描くプロジェクト(団地)だ。
かつてエリックが見上げた漆黒の空は晴天に変わり、父の仇である憎き男が乗った宇宙船は子供達に未来を与える高性能ジェット機に変わる。
そこでティチャラと少年との視線をやり取りに全てがある。
「ドラッグディーラーにも、ギャングスタにも、暴力マシーンにもならくていい。
それでも君の人生は開けていくはずだから。
それが私達大人の使命だから。」

エンドロールで流れるケンドリックラマーは、黒人ヒップホップミュージシャンだ。
burn hollywood burnからの時代の流れを考えると、本作の革新性はより明確になる。
MCU史上トップクラスと言っても過言ではない大傑作だと思った。
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