つかだめぐみ

あんのつかだめぐみのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
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雑音が聞こえる。だれかの話し声、笑い声、木が揺れる音、鳥の声、足音、水の音、乗り物の音。
セリフじゃない雑音たちが主役だと言わんばかりに目立っている。なんでだろうと思っていたけど、樹木希林さんの手紙の言葉と最後のセリフでその理由がわかった。
これは雑音じゃない。言葉だったんだ。
私たちはこの世界の目撃者だし、リスナーなのだ。
音楽がかからなくてもこの世界にはすてきな音で溢れている。だからこの映画では音楽があまり流れない。
希林さんが演じる徳江さんのようにこの世界を見たら、きっと生きることが楽しくなるだろうし、きっと人間にも人間以外にも優しくなれる。祈りに似たその言葉を聞きながら、この優しい言葉に出会えてよかったと私は泣いてしまった。
人を見下して、けなして。そうしないと自分の存在価値が守れない気がして不安で仕方ない。そんな愚かで自分勝手なすべての人間たちに、この希林さんの言葉をどうか聞いて欲しい。そしてみんな優しくなってほしい。そう祈りたくなった。

シーンとシーンの繋げ方が潔くて、カットのタイミングが早すぎるし、次のシーンもセリフ出しが早すぎると感じたところがいくつかあった。静かで優しくて繊細なこの映画の世界観に合わないし、もう少し余白があった方がきれいなのにと思ったけど、用意されたセリフじゃないような、どこかドキュメンタリー感がある不器用な会話たちにはこれくらいの方が良いのかもしれない。

樹木希林さんがすごいと思ったのは、「お疲れ様でした」というシーン。ただの挨拶なのに、そこに感じる永遠の別れ。楽しかったのよ、ありがとうね、でもまだやりたかったわ。そんな感情を表情と仕草だけで表現する希林さんには魅入ってしまった。

春と夏を描いていたから、花や木々がきれいで、それを楽しそうに見つめる徳江さんの存在を歓迎しているかのようにおひさまがキラキラと照っていて、セリフのない何でもないシーンを観るのがとても心地よかった。