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杉原千畝のshunsukehのレビュー・感想・評価

杉原千畝(2015年製作の映画)
3.5
この映画で、主人公杉原千畝は何度も「世界を変えたい」と言っている。しかし、彼がどんな世界に変えたかったのかは具体的には語られていない。それを探るヒントとして、彼は友人にこう語っている。「モスクワを知れば、世界を知ることができる。世界を知ることができれば日本を素晴らしい国にすることができる」その先が素晴らしい世界ということなのだろう。列強が世界を分割し、その利権を巡り諍いが起こり、差別があり、搾取がある、そのような時代背景から推測すると、それらがない世界を素晴らしい世界と考えたのではないか。また、彼が考えたそのアプローチは、日本が素晴らしい国になると共に世界の中の盟主となり、世界を素晴らしいものにすることをリードする、というものだったのではないか。
千畝は、リトアニアで迫害されるユダヤ人と交流する。また、行き場を失い、このままでは死を待つばかりの多くのユダヤ人を目の当たりにする。彼の心に、彼らを救わなければならないという思いが雪が降り積もるように満ちてくる。そして、彼はそれまで採ってきたアプローチを一旦捨てて、ユダヤ人たちに通過ビザを発給し始めるのだ。
ドイツに移った千畝は、ドイツがソ連への侵攻の準備をしていることを突き止め大使に報告する。それは、ドイツがソ連侵攻に注力することで、日米戦となった場合、それが日本に大きく不利に働くと考えたからだ。しかし、その情報を得ても日本本国は動かなかった。恐らく、ここで彼は「世界を変える」為のアプローチがこの方法でいいのか大きな疑問を持ったことだろう。
千畝が日本のポツダム宣言受諾を知ったとき、妻が「終った」と言ったのを「負けた」と言い直し涙を流した。このときまで彼は、日本を素晴らしい国にして、この世界を素晴らしいものにするのだと強く思っていて、そして、その思いが断たれたことで涙を流したのだろう。このとき、彼に届いていたイリーナからの手紙には、千畝が出会った人を変え、また、出会った人が千畝を変えたと書いてあった。それは、ここまで観た私がまさしく感じていたこと。イリーナは愛する母国ロシアを失い、日本のソ連に対する外交的勝利に味方し、ユダヤ人科学者を自分のリスクを犯して出国させた。グッジェはドイツにアイデンティティがあり、ユダヤ人に強い差別意識を持っていたのに、ビザ発給の時間短縮のためのゴム印を作った。ペシュはドイツ人に家族を殺され、独ソに分割されたポーランドの元軍人。タフな魂の持ち主で亡命政府への出国を望んでいる。全てが、千畝の変化の背中を押している。
この後、千畝の妻幸子が、どこの国の人間なのかは関係無く、解き放たれたような、捕虜たちの談笑したり、はしゃいだりする姿を見て「初めてほんとにピクニックに来たみたい」と言った。ふと、ちょっと不謹慎では、と思った。世界中で沢山の人が命を落とし、これから先も苦しむであろう人たちが沢山いるというのに。しかし、すぐに思い直した。結局、この世の中は生き残ってる人たちで、何とかするしかない。そういうことだ。
その後、千畝は外交官をやめて、小さな商社で働いている。それは、決して、追われて居場所をみつけたのではなく、外交官より自由な商社マンの方がいいという。彼は、日本という国を通して、世界を変えるのではなく、自らが沢山の人と出会い、また、その人たちが沢山の人たちと出会い、出会った人たちが、また、自分自身も変ることで世界を変える、このようなアプローチに辿り着いたのだろう。
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