真一

皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇の真一のレビュー・感想・評価

4.0
※生々しすぎるドキュメンタリー。一般にはお勧めできない作品です。それを前提としたレビューです。

 路上に転がる本物の虐殺遺体。血の海と化した殺害現場。地獄絵図をこれでもかとばかりに見せられた。衝撃のドキュメント作品。最初は目を覆ったが、途中から感覚が麻痺した。流れるBGMは地元メキシコと、隣国米国の西海岸でヒップホップ並みの人気を誇るギャング・ミュージック「ナルコ・コリード」。誤解を恐れずに言うと、見て良かった。これが国境の街シウダ・フアレスの人々の日常だと知ったからだ。自分の無知を思い知らされた。

 本作品はシウダ・フアレスの地元紙記者の言葉を引用する形で、恐るべき治安状況を説明する。それによると、シウダ・フアレスでは過去4年間で、約1万件の殺人が発生。そのうち97%は、なんと捜査さえ行われていない。直近の殺人事件100件のうち、有罪判決が言い渡されたのは3件だけだという。警察からも無数の犠牲者が出ている。本作品に登場する警官の1人も、映画完成前に銃撃され、帰らぬ人になった。想像を絶する現実に、言葉を失う。

 感じたのは、置かれた環境によっては誰であっても、彼らと同じ人生を歩む可能性があるという事実だ。その証拠に、フェンスの向こうに広がる米テキサス州エルパソは、フェンスのこちら側のシウダ・フアレスと全く異なり、治安も住環境も良い。エルパソの市民の多くはメキシコ系だ。民族、宗教、文化が同じでも、政治・経済水準の違いによって街の表情は大きく変わってしまうことを学んだ。

 日本も例外ではない。1億総中流社会が崩壊して格差が拡大する中、半グレ集団などによる犯罪が急増し、警察の捜査は後手に回っている。東京・銀座で白昼堂々と宝石店を襲う集団も現れた。社会の底辺に落ち込んだら最後、人間は開き直る。人は誰でもアウトローになり得る。弱肉強食の社会システムを維持し続ければ、アウトローによる社会浸蝕が現実味を帯びる。

 メキシコの一部地域で、麻薬カルテル王が英雄視されている現実も、初めて知った。横暴で無能な政府と警察を暴力と賄賂で黙らせ、刃向かう者は当局者であっても「処刑」する徹底したギャングぶりに対し、腐敗権力に抑圧されていた貧民たちは拍手喝采を送る。反権力感情をベースにしたギャング礼賛論が、貧困層の間で盛り上がり、その結果として生まれたのが、過激なリリックをぶちかますナルコ・コリードだ。

 ただ、こうした状況に直面しているのはメキシコだけではない。ブラジルを含む中南米や東欧の一部地域、東南アジアでも情勢は深刻化している。貧富の格差。権力腐敗。暴力と癒着。この世界はどこに向かうのだろうか。さまざまなことを考えさせられる作品でした。
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