ブタブタ

スター・ウォーズ/最後のジェダイのブタブタのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

今回の『最後のジェダイ』はスターウォーズでお馴染みの「デス・スター攻略戦」の元ネタ『ナバロンの要塞』は言うに及ばず『戦争のはらわた』『Uボート』など様々な戦争映画の集合体の宇宙版とも言える内容で、今までのスターウォーズに比較しても暗く重い作風でその点も『帝国の逆襲』を踏襲した作品でした。

オープニングからいきなり始まるレジスタンスの惑星からの脱出行とそれをサポートする死の後衛作戦。
そして追撃するファーストオーダーの大艦隊。

前・新三部作では1/6スケールフィギュアのクローントルーパーの様々なバリエーションが『SWミリタリー』と言うシリーズで出ていたのですが、ここではレジスタンス(反乱軍)の兵士たちのパイロットや戦闘員や工兵等の様々なスーツ・兵装、大量のバリエーションが登場してそのミリタリックな描写と情報量の凄まじさに圧倒されます。

Xウィング・パイロットのポー・ダメロン中佐(オスカー・アイザック、因みに中佐の階級はルークと同じですね)の活躍も然もありなんですが、ここでの主役は何と言ってもレジスタンスボマーの中華系兵士ペイジ(ゴー・タイン・バン)。
名も無き一兵士によって戦局が大逆転する、これは英雄の物語だけではなく名も無き兵士たちの物語でもある事を象徴している様でこの時点で俄然期待感が上がりました。
ただ惜しむらくはレジスタンスボマーのデザインがダサい。
話の展開上あのデザインになったのかも知れませんが、ここはやはりスターデストロイヤーに対する反乱軍艦と言えばブローケットランナー(タンディブⅣ)なので、ブローケットランナータイプの新デザインの大型爆撃艇(ブローケットボマー?)を出して欲しかったです。

『フォースの覚醒』が『新たなる希望』のリニューアル、新劇場版とするなら『最後のジェダイ』は『帝国の逆襲』のリニューアル、再構成及びそれに加えてスターウォーズの「脱構築」とも言うべきスゴい作品でした!

スターウォーズ世界の根幹を成す思想「フォース」と言う形而上的存在の解体と再構築。
フォースの光(ジェダイ)と闇(ダークサイド)と言う二項対立の解体作業、光の中にも闇があり闇の中にも光がある。
今までスターウォーズを支配していた光と闇の対立構造そのものの「脱構築」

『脱構築』とは『二項対立を解きほぐす』だけでは無く応用的に使えば『実は二項対立しているものである筈なのに、一方に両方を丸め込んでいることを解きほぐす』(えー詳しくはコチラの解説を。凄くわかり易いです→https://togetter.com/li/327089)

レイとカイロ・レンがどちらに「コロブ(『沈黙~サイレンス~』より)」ことなくそれぞれ「光」と「闇」の属性のままスノークを倒し背中合わせで青と赤のライトセイバーを構えた姿は正に「太極」「陰陽」のシンボルを形作っており、スターウォーズが光と闇の対立構造から更にその先へと進んだ、正に「脱構築」が行われた瞬間ではなかったでしょうか。

そしてもう一つは「ダースベイダー」と「スカイウォーカー」と言うスターウォーズを支配していた絶対的な「悪」と「正義」からの脱却。

最高指導者スノーク(アンディー・サーキス)の言葉で仮面を脱ぎ捨て、そしてハックス将軍(ドーナル・グリーソン)について語った「弱い奴ほど必死に頑張る(意略)」と言うスノークの言葉。
これは結果的にレンの事も表していてレンを追い詰め、自ら死に至る結果を招いた。
レンが辿り着いた先はダースベイダーとなるダークサイドの堕天の境地ではなく、レンは実に卑小な卑怯で情けない子悪党に「成り下がった」
でもコレは決してダメになったと言う訳でなく『凶悪』の先生(リリーフランキー)や『冷たい熱帯魚』の村田(でんでん)の様なそこら辺に普通に一般人の顔をして存在している普遍的な「悪」、それでいて自分の目的・利益の為ならどんな残酷で酷薄な真似も出来る「真の邪悪」への覚醒であったと思います。

ダースベイダーの様な「悪の美学」を持った存在「絶対悪」では無く気が小さく卑怯でボスを殺してその座に自分が「成り上がる」ヤクザやヤンキー、輩(ヤカラ)の様な精神性。
だからこそレンは非常に恐ろしい真の敵に今回でなったのだと思います。
最後にレンを見詰めるレイの視線も完全に見放した、クズを見る様な感じでした。

そしてレイの両親の謎について、ルークの娘や或いはアナキンの様にミディクロリアンによる処女受胎で生まれた「運命の子」でもなく「誰でもない存在」だったと言う事。
ルークの死が象徴する様に恐らくはスカイウォーカーの血脈はここで途切れるのではないでしょうか。

レイは単に強いフォースを持ってた人であり、思わせぶりにこれだけ期待させたスノークの正体もまた強いフォースを持ってただけの「誰でもない存在」だった。

スカイウォーカー一族の物語だったスターウォーズが一応の終わりを迎えたのだと思います。

そして唐突ですが「誰でもない存在」で思い出すのが「ボバ・フェット」です。
ボバ・フェット程その正体について期待させるだけ期待させておいて「誰でもない存在」だったと言う『ジェダイの帰還』に於ける余りに呆気ないあんまりな最後。
(ファンの間やスピンオフではボバ・フェットはサルサックを脱出した事になってますがSW正史ではボバはまだサルサックの中だと思います)
『帝国の逆襲』を象徴するキャラクターであるボバ・フェット。
『フォースの覚醒』の続き『最後のジェダイ』は『帝国の逆襲』のリバースであり「誰でもない存在」であるレイがついにスターウォーズの真の主役となった作品でした。

スターウォーズは「繰り返しの物語」であり同じ台詞、同じシチュエーションが何度も繰り返されますが、惑星オク=トーに於けるレイとルークの師弟関係は見ての通り『帝国の逆襲』の惑星ダゴバに於けるルークとヨーダの繰り返し(修行途中で弟子が出て行ってしまうのも)ですが、ダゴバの「悪の力で育つ木」の中でダースベイダーになる未来を見るルーク。
これと同シチュエーションがオク=トーの「闇の穴」に入り自分自身と対峙するレイ。

「闇の穴」から這い出して来るレイは、ルークの修行の繰り返しである意味ともう一つ、『ジェダイの帰還』でサルサックの穴に落っこちたボバ・フェットが30年の時を経て『最後のジェダイ』でレイと言う全く別の、しかし同じく「誰でもない存在」のキャラクターとして穴の中から這い出して来た瞬間だったのではないでしょうか。

前・新三部作では「ジャンゴ・フェット」と言うボバ・フェットとデザインが同じだけのエピゴーネンに非常に落胆したのですが、単にボバ・フェットの見てくれだけを再現したジャンゴ・フェットは人気キャラクターになり得なかったのに対して、レイはスターウォーズ世界に於ける名も無き庶民の子である事、それはつまりそもそも「その他大勢」「チョイ役」であるボバ・フェットがメインキャラを押し退けてスターウォーズでも1・2を争う人気キャラとなったのと同じ意味を持っていて新・新三部作は、こじつけですが『最後のジェダイ』はレイと言う『帝国の逆襲』に於けるボバ・フェットの様な「誰でもない存在」が「スカイウォーカー」「ダースベイダー」を押し退けて主役の座に座った記念すべき第一作だと思います。

しかし一番燃えたシーンはホルド提督(ローラ・ダーン)によるハイパードライブを使ったメガ級スターデストロイヤー・スプレマシーへの特攻。
一瞬音が消えてスターシップその物が弾丸となり敵艦隊を真っ二つに切り裂いた場面は、まるで日本刀による居合斬りの様に美しく、また悲壮感に満ちた名シーンでした。
かようにローラ・ダーンは実に「おいしい」役だったのにベニチオ・デル・トロ演じるDJとは何だったのか??(笑)
もう再登場は無さそうですし、あれならエイリアンのキャラクターにやらせた方がよかったんじゃ?

それと細かい所では『新たなる希望』でルークが飲んでいた「ブルーミルク」の正体がわかった事。

不満点は「レン騎士団」が忘れ去られてた(?)事。
ジェダイ・テンプル焼き討ちからのリターンマッチでルークVSカイロ・レン率いる7人のレン騎士団の対決があるとの噂があったので。

CGでは無いパペットによるヨーダ(フランク・オズ)の登場はやはり嬉しかったです。

しかしこれだけの物を見せられたので、次の『エピソード9』はどうなるのか。
以上です(・∀・)
ブタブタ

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