けーはち

黄金のアデーレ 名画の帰還のけーはちのレビュー・感想・評価

4.4
オンライン試写会にて。

グスタフ・クリムトによって描かれた肖像画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」──現在NYのノイエ・ガレリエに所蔵されているが、この絵が辿った数奇な道のりを本作は描いている。

この絵のモデルはアデーレ・ブロッホ=バウアー。オーストリアに住むユダヤ系の女性。彼女は若くして亡くなり、絵は夫が所有した。彼は第二次世界大戦でスイスに亡命し、資産はナチスに略奪された。その後、この絵はウィーンのギャラリーにて「モナ・リザ」のような重要さで扱われたが、大戦中にアメリカに亡命した彼らの姪のユダヤ系アメリカ人マリア・アルトマンは略奪された絵の返還を求め、それが叶わないとなると一度は諦めたものの、帰国後、オーストリア政府を相手取り裁判に打って出るのだった。

★主人公マリア・アルトマンを名女優ヘレン・ミレンが演じる。マリアはウィーンの良家生まれの気丈な老婦人。ナチス・ドイツに屈した祖国に複雑な思いを抱いており、手続のための渡航を当初は拒む。渡航後もドイツ語を避け、英語で話し続ける頑固さを見せる。ちくちくと気の利いた皮肉を言うのも印象的で、資料集めに美術学校へ向かった際、ヒトラーが受験生であったことに触れ、「美大生になっていれば良かったのに」とつぶやくのが面白い(本当に歴史の皮肉だと言える)。

★ランディこと弁護士ランドール・シェーンベルク(現代音楽家シェーンベルクのひ孫に当たる)はライアン・レイノルズ。ガタイの良い肉体派キャラのイメージがあるが、本作では儲け話に乗っかっただけのひょろっとした弁護士を演じる。と思いきや、肖像画返還の要求を却下された後は、マリアの思いに感化され、政府への訴訟に踏み込んで行く。法廷での対決は緊迫感があるが、負けじとランディの姿は堂々とした意志に満ちている。妻子がいて、しかも二人目の子供が生まれようとしている時、この訴訟に専念するため務めていた弁護士事務所を勝手に辞めてしまうというのは、とんだ勇み足だと思うけど……。

★映画の展開はマリアとランディの訴訟が主軸だが、各場面にマリアの回想が挟まれ、彼女の叔母アデーレや家族に対する思い、ナチスによる弾圧、亡命までの経験を裏で追体験させてくれる。そうしてマリアの戦争体験、苦衷をクローズアップした上で、ランディが弁護士として立ち上がり、「一人の女性」から財産を奪った過去の責任と向き合う正義をウィーン市民に向けて説く展開はソツがない。当初は儲け話に乗っかるだけのつもりだった彼も、かなりの犠牲を払ってマリアと共に引き返せないところまで来てしまう。境遇の全く違う二人が、最初は無理解から不信感を抱き、対立と和解を繰り返し、信頼関係を築き共闘していくバディものとしても胸熱展開。そのため、困難に折れそうになっても、マリアはランディと共に再び立ち上がり、最後には自分の感情を超え彼が求める正義のためにウィーンへと渡り、クライマックスではあんなに拒んでいたドイツ語を受け入れて喋るシーンが深く胸に刺さるのであった。