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パリ3区の遺産相続人のchsyのレビュー・感想・評価

パリ3区の遺産相続人(2014年製作の映画)
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中年になってやっと解放される。そういうことってあると思う。
主人公は57歳、演じるケヴィン・クラインも59歳。
相手役クロエの年齢は明かされないが、同時期に生まれたらしいから、
同じく50歳代後半か。
共通点の多い二人、中年で独身、子供の頃のトラウマ・・・

ある一つの愛の前に、犠牲になった家族たち。
主人公の父親が愛人に贈った愛の言葉、
「あなたに愛されないなら、誰の愛もいらない」
切実な愛の言葉に聞こえるが、実際には一番欲しい愛を得ながら、家族からの愛(自己犠牲と忍耐)も得ていた。
なんとも身勝手…でも、それしか選択できなかった当時の事情もあるだろうし、
何より、結果的にその愛がパリ~ニューヨークという距離を超え、長く長く続いてしまったのだ。当人たちの意図だけでそうできるものではない。
どんな愛も思惑とは違う方向へ流れる危険をはらんでいる。
言い訳でしかないが、でもどうしようもなかった、という浮気の定番の理由が、やけに正当性を帯びて、人間の弱さやら運命やらを肯定しようとする。

「あなたに愛されないなら、誰の愛もいらない」とは
あなたに愛されていれば、他の人からの愛を受け入れて、ちゃんと家庭を守って行ける、ということ?
「誰の愛もいらない」ってつまり死んじゃう、って意味?
そんな情熱的な恋愛と同時進行で傷付きながらも必死て生きてきた子どもたち。彼らも50代。未だに傷を抱え、孤独の中で生きている。
そこは実にリアル。日本でも拡大しつつある孤独な中年層の心理を上手く描いている。

死んだ父の残したもの。
自分の愛した女性と彼女からプレゼントされた古い腕時計。
父は息子の傷付いた心を彼女が救ってくれると願っていたのか?
ここまで自分たちの不貞を理解して欲しい的な言い方も珍しいと思うが、なぜか、ありだな、と思った。
分かってくれーーー!とぶつける方が人間の関わり方としては深い。

そしてヴィアジェという制度。
住宅―ンの代わりに、そこに住み続ける売り主が死ぬまでの間、一定額の年金を払い続けるという、博打性の高い投資・・・これまた様々なドラマが生まれそうだ。
ここでは父親が語れなかったことを生きながらえていた愛人に伝えてもらうという遺言付き、という演出。
最後は自分が一番憎んだものに救われる「赦しと再生」で、しみじみとした感動あり。
57歳からでも再生できる!というありがたいメッセージが92歳から贈られる。

マギー・スミスがジャズのレコードをかけながら、恋多き青春時代を語るところが素敵。

(2015/10)
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