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人生タクシーのdubstronicaのレビュー・感想・評価

人生タクシー(2015年製作の映画)
4.0
普段目にする映画などと比較すれば、この映画のジャファル・パナヒ監督の経歴は特異に見えます。
イラン人のパナヒ監督は政府による2010年から20年間の監督活動禁止令の元に現在もいます。
映画製作・脚本執筆・海外旅行・インタビューを禁じられており、違反すれば6年間の懲役を科される可能性があるとのことです。
しかし、監督は政府の許可なく以降も本作を含む3本の映画を撮っています。
これらは映画鑑賞後に知ったことで、残念ながら今まで監督の作品は観たことが無く、学生時代に観て大好きになった同じくイランのキアロスタミ監督の愛弟子ということと、予告編動画くらいの知識で本作にのぞみましたが、なかなか不思議な映画です。

ダッシュボードに取り付けられたカメラで車内が映される中、街を流す車に乗客が乗り込んできます。日本のような1台1組の客ではなく、相乗りOKなバスとタクシーの中間のように乗り合わせが発生し、車内ではささやかにコミュニケーションがうまれます。
乗客の男性が運転手に話しかけ、話題に出した車上荒らしへの刑罰についてちょっとした議論になります。その会話の中でイランは中国に次いで2番目に死刑が多い国であることがわかります。
また別の客は、車中で乗客が自分一人になった時に運転手に貸切にしてくれと頼みます。彼は運転手が映画監督ジャファル・パナヒであることを知っていて、この運転手活動のようなものもきっと映画撮影に違いないと指摘します。彼は海賊版DVDの販売業者で海外の映画をイラン国内で観る為には違法ながら海賊版の存在は欠かせないことが会話の中からわかってきます。
このようにタクシーの中という日常とその中で発生する会話の中から登場人物たちを取り巻く環境が少しずつ垣間見れます。そして彼らの目を通してイラン国内の状況についての生の声が届けられます。表面だけなぞれば、そんなことになっているの!?と日本に住む私は驚くだけですが、映画の中の彼らの時間は日常のほんのひと時、タクシーに乗り合わせた関係でうまれるコミュニケーションです。微笑ましくもあればハラハラすることもあり、常に難題をつきつけようという空気ではなく何処かの国の日常の一幕です。

しかし、現状のイランではこれを上映することもできませんし、おそらく撮影の許可もでないでしょう。映画の中でも会話の中で語られますが上映可能な映画の条件というものがあるからです。例えばイランの現体制を批判しているとみなされてしまうと上映禁止で、パナヒ監督の作品の多くは現にその対象になっています。

それでも常に監督の視線は優しく人々はありのままに撮られているように感じます。師であるキアロスタミにも感じたその圧倒的な包容力が人々をつつみ、本作がフィクションかノンフィクションかを問題としないくらいの面白さと市井の人々の魅力のようなものをまず届けてくれます。
願わくば、それが情報統制下から解放されんことを、強く拳をあげるというより鑑賞者たちが手を繋ぎ拡がっていくような、パナヒ監督の暖かな視線に共鳴して連鎖していくようなことが今後もっと起きたらいいな、とささやかながら感じました。
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