グラッデン

この世界の片隅にのグラッデンのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.7
戦前から終戦までの日本を舞台に、絵を描くのが得意な主人公が、生まれ育った広島(江波)、嫁ぎ先の呉で過ごした日々を描いた作品。

素晴らしい作品でした。鑑賞直後、どのような表現を用いて感想を述べればよいのかわからなくなるほど、胸がいっぱいになりました。それほどまでに、普段とは異なる感情の揺さぶられ方をしたのだと思います。

昭和19~20年の出来事を中心に描いていることから、物語が進むに連れて、日々の生活の中に戦争が侵食していきますが、内容を振り返った時、本作を「戦争映画」という枠組みでよりも、アニメで言うところの「日常系」 として方が適切だったと思います。

戦時中、さらには空襲警報の鳴り響く日々を過ごしてだとしても、軍人ではない民間人=生活者の戦場は、日々の生活であり続けることを伝えてくれたからです。主人公をはじめ、多くの登場人物が、強い愛国心、あるいは対戦国への敵意を土台にせずとも、戦争という事象を日々の生活の一部に取り込んでいきます。月並みな言葉ではありますが、「生きることは戦いだ」というフレーズが何度も頭の中に浮かんできました。

一方、そうした言葉の裏返しではありませんが、本作の主人公・すずの立場で考えると、戦争とは異なる側面での苦労があったようにも感じました。自分の置かれた立場を理解し、感情を抑え込んだり、嫁ぎ先での人間関係であったり、現代社会を生きる鑑賞者も共感できるような葛藤があったように見えました。

しかしながら、戦争と隣り合わせの日常や、内なる葛藤を抱えながらも、日々の生活が笑顔で過ごせるような日であるように、マイペースながらも前進する彼女の強さには、感動や共感とは異なりますが、強く惹きつけられました。

その意味でも、のん(本名・能年玲奈)さんの声の演技が本当に素晴らしかったです。人懐っこさを感じるクセのある話し方もそうですし、何度か垣間見られた抑圧から解き放たれた生の感情の出し方も迫力を感じました。見方によっては、彼女を取り巻くリアルの側面が作品世界の中でオーバーラップしていく感覚にも陥るだけに、今の彼女にしかできない演技だったと思います。

大切な人を失ったとしても、苦しい戦争が終わったとしても、生き続けている限り、人は終わりなき「日常」を繰り返す。だからこそ、昨日よりも今日、今日よりも明日が、多くの人にとって「より良い日」であってほしいと思わずにはいられなかったです。そう考えると、自分が感動や共感したというよりも、作品に内在する言葉では伝えられない願いや感情のエネルギーに惹きつけられたのかもしれません。