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この世界の片隅にのHeartofAngelのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
5.0
生まれながらにして古典の風格を持つ日本映画の傑作。評論家の清水節氏の表現がそのまま当てはまる。見初めて直ぐに作品の薫香に引き込まれ、見終わった後には溢れ出す感情に言葉を失う。生きていることの幸せを思い涙する。そんな映画であって、言葉に置き換えて説明することすら困難だ。
物語は、戦前・戦中の広島/呉。広島出身の漫画家・こうの史代さんの傑作漫画を原作に、「マイマイ新子と千年の魔法」などの片渕須直監督が史上最高額のクラウドファンディングの支援を得て映画化した。
主人公の少女・すずは、気持ちの優しい、絵を描くことが好きな、ちょっと空想癖のある女の子である。18歳で請われて呉にお嫁に行く。戦時下、生活が厳しくなる中、すずは前向きに暮らしながら、夫周作との愛を育んでいく。そんなすずの下にも、戦争の暴力は容赦なく迫る…。
物語の前半はすずの生活が丹念に描かれ、ユーモアも溢れてる。戦時下であっても、日々の生活は続くのであり、大切なのだという忘れられがちな面を思い起こさせ、会場は笑い声が起こるほどだ。それだけに戦闘が苛烈になった時は締め付けられる気持ちになるが、全部見終わった後には泣きながら多幸感に満ち溢れてしばらく動けなくなるという、そんな映画だ。
なぜこの映画に涙し、感動するのか。なぜ古典と呼ぶのか。作品は安易な言葉への置き換えを困難にするが、それではレビューにならない。あえていうなら、作品は人間の真実に触れており、そこが観ているものの魂の一番柔らかいものに触れるので、私たちは涙するのだろう。シェイクスピアにしろ、源氏物語にしろ、ホメーロスにしろ、どれも人間の真実に迫るから古典なのだ。
いやいや。やっぱり説明になってない。あえて言語化すれば、次の通りだ。
1. 原作の世界観と人物像が素晴らしい。まずは原作の力を挙げておくべきだ。登場人物はどれも普通にいたような人たち。嫉妬もすればけんかもする。でもユーモアを持ってそれぞれのリアルが描かれ、最終的にはどの人たちも愛おしくなる。例えば最初はすずに冷たくみえた人物も、その人なりの人生があることが丁寧に描かれている。だから観終わった後に、観ている方には愛が溢れるのだ。
2. アニメーションが素晴らしい。原作でも丁寧に描かれた広島や呉の風景が、片渕監督の徹底したリサーチによって克明に描かれ、鳥や昆虫まで描かれてる。観ている方はその時代にタイムスリップしたようになる。更に、人物の動きはゆっくり滑らかに、実際の人物のような動きをする。これは通常のアニメなら中割りを抜くところを加えているからで、アニメーターの負担は大きいが、観ている方は実在の人物のように受け止める。この高度なアニメーションを是非堪能してほしい。
3. サウンド、音楽が素晴らしい。音響はこだわり抜いていて、微細な風の音から爆撃機の爆音までリアルに再現されている。監督の追求したリアリティは、視覚と聴覚の双方を極めてる。また音楽のコトリンゴは、囁くような歌声がすずさんの優しい存在感とマッチして、絶妙な効果を生んでいる。ある意味で「もう一人のすずさん」だと、監督は述べている。
4. 生活の丁寧な描写と、戦闘シーンが同じレベルで再現されている。これも監督の言葉だ。丁寧に描かれてるから、引き込まれるし、それだけにリアルな戦闘シーンのアドレナリンと恐怖が引き立つ。なお監督は、宮崎駿監督とも協力した大のミリオタで、戦闘シーンが凝りまくってるのは言うまでもなく、そのシーンも魅力だ。
5. のんが素晴らしい。女優のんにとって、声優での表現は難関であったようだが、すずさんという人物像に迫るアプローチを極め、すずさんを「演じる」のではなく、すずさんを「生きる」というレベルまで達している。その結果、その声は作ったアニメ声でなく、確かに「のん」の声なのだが、同時にこれが「すずさん」の声だと皆が思うのである。少女から人妻となり、戦争を経て大人の女性になるところまできっちり「すずさん」になってるのだ。監督がリアリティを求め続けた中で、これだけの再現をしたのんの演技は、映画に不可欠なものだったと断言できる。
6. 一方他の声優陣も素晴らしい。夫周作を演じた細谷佳正は、抑えた優男ぶりと夫婦の掛け合いに萌える。一方小野Dは、すず幼馴染の哲を骨っぽく演じた。義姉径子を演じた尾身美詞も、複雑な役を魅力的にした。子役の稲葉夏希も、今回も可愛らしさで物語に重要な役割を果たす。全て書ききれないが、いずれもベテランの声優や舞台俳優などで、技量はもちろんハマリ役を演じた。
書き連ねたが、言葉では映画の魅力は書ききれない。是非劇場で体験してほしい。
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