蛸

スパイダーマン:ホームカミングの蛸のレビュー・感想・評価

4.3
これはヒーローの物語である以前に一人の少年の物語です。最終的に少年はヒーローになるのですが、映画が始まった時点のピーターはその有り余る力を上手く使うことができていないように見えます。
スパイダーマンとしての理想の自分とピーターとしての現実の自分。その2つの自分のズレに彼は苦しめられます。スターク社製のスーツは、彼の理想の象徴であり、彼はその力を持て余しています(まさしく、スイッチを押すまでは「身の丈にあっていない」「借り物の」ダボダボのスーツなのです)。
これは思春期のまだ何者でも無い子供たちにとって普遍的なテーマだと思います。身体はどんどん大人に成長していくのに心がそれに伴っていない。誰もがかつては、有り余る力を持て余した子供だったのでは無いでしょうか。
そしてそのような少年に対する擬似的な父親の役割をトニー・スタークが果たしているところがとても素晴らしいです。
物語の中盤、ピーターはスーツを取り上げられてしまい再び何者でもない存在となってしまいます。しかし、そのピーターにとっての「現実」において彼はとても大きな決断を迫られることになるのです。彼はヒーローであるスパイダーマンとしてではなく「親愛なる隣人」として身の丈に合ったスーツを着て最後の戦いに臨みます。クライマックスのバトルシーンはどこまでもピーターの「現実」と地続きなものとして描かれます。そしてその先で「人命救助」という普遍的な善を行った時に、ピーターは本物の意味でヒーローになり、ここに親愛なる隣人、スパイダーマンが誕生します。彼は理想を現実にしてしまったのです。
その意味でこの映画は凡百のハリウッド映画と同じく通過儀礼と父殺しを描いた作品だと言えると思います(高さを克服するというわかりやすい成長描写もありますし)。

冒頭の三分間で敵役であるバルチャーのオリジンを描き切るテンポの良さが全体を通して支配的です。笑える場面もたくさんあります。学園コメディとしての枠組みでヒーロー映画をやるという試みがとても功を奏していると思います。何と言ってもピーターを演じるトム・ホランドの初々しさがとても良いです。大人陣との良い対比になっていると思いました。
個人的には、これまでのマーベル映画の悪役に魅力を感じたことはなかったのですが、今作のバルチャーはとても人間的な深みのあるキャラクターだと思いました。書き割りとしての「悪役」ではない、複雑なキャラクター性。だからこそエンドクレジット後のシーンの素晴らしさが際立ちます。人は間違いを犯すかもしれないけれど、でもそれだけじゃないのです。敵役ですらも極悪人ではないというスケールの小ささこそが「親愛なる隣人」には相応しいのです。全編を通して登場するキャラクターに対する眼差しは優しいです。とてもピースフルな映画だと思います。
ただ惜しむらくはまたしてもヴィラン誕生のきっかけをトニー・スタークに背負わせてしまっているところでしょうか。
とはいえ、全体的にいえば瑞々しいフレッシュな感性に彩られた痛快な娯楽作だと思いました。
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