蛸

ドント・ブリーズの蛸のレビュー・感想・評価

ドント・ブリーズ(2016年製作の映画)
4.3
一般的なイメージと違ってホラー映画の物語構造は非常に道徳的、教訓的である場合が多いです。この場合も「泥棒が酷い目に遭うお話」と言うと因果応報の教訓話のようですが、むしろその定義では取りこぼされてしまう部分にこの映画の面白さが存在すると思いました。
三人の泥棒たちは郊外の先の見えない閉塞感から抜け出そうとしていて、若者に普遍的な問題を抱えており、その意味で青春映画的なキャラクターたちです。対する盲目の老人ももちろん紋切り型の悪人ではなく、フランケンシュタインの怪物の系譜に連なるような哀しきモンスターとしての存在感が素晴らしい(こっちの方が大分イカれてますけど)。
善悪二元論的ではないグレーな存在どうしの対決を描いていても、ここまでちゃんとストレートに面白い映画が成立することに感心させられました。情報の提示の仕方によって途中、観客の感情移入する視点がグルッと入れ替わるような展開も良いですね。
そうは言っても「三人の泥棒vs座頭市」というワンアイデアで突っ走るシンプルさや小規模な物語展開はまさしく純ホラー映画的です。全体を通して説明的なところがほとんどないのでタイトな尺に収まっている。
サスペンスとサプライズの釣瓶打ちのような展開に加えて、部分部分の演出の巧さが光ります。それが途切れた時に観客に何かが起きることを予感させるような長回し。窓から差し込む深夜の月光を始めとして光と影の表現も非常に豊かです。色彩表現も多彩。白黒映像で表現された暗闇における俳優たちの視線の演技なんかも素晴らしい。細かいところまで行き届いた演出が一々楽しい。
多分、この映画の最大の欠点はあの犬がそんなに怖く見えないことですかね。怖く見せるための前振りもないし、どう見てもじゃれているようにしか見えなかったので。 
『見えない恐怖』のとんでもない新解釈として見ても面白いです。
蛸