ヤッスン

ルームのヤッスンのネタバレレビュー・内容・結末

ルーム(2015年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

生まれて5年間の人生を狭い部屋と母だけと触れ合わずに生きた少年ジャックが外の「世界」を知る物語。
ジャックと母親の映像から伝える心理描写がダイレクトかつ的確で、ラストには涙が溢れた。

人生の大半を「部屋」で過ごしたジャックにとっては、部屋こそが普通であり、人生。
それ故に外を知らずにワイワイと部屋の中で遊ぶ姿、外を突然説明されてわめく、その純粋な姿には胸が締め付けられる。
そんな彼が初めて外に触れる場面は緊迫感もありつつ大きな感動が押し寄せる。綺麗な空、地面、看板、いろんなものが新鮮に見える彼の視点と、それを盛り上げる音楽の使い方も抜群。

そこで外に逃げることができた、で終わらせないところがこの作品の特徴。部屋を出てめでたしならそれは母の物語。部屋を出て揺れるジャックの感情に重きが置かれた作品だけに、ここからエンディングまでの落とし方が見事なのだ。もちろん部屋を出るまでの虚無感や寂しさ、悲しさも良く、だからこそ部屋を出た場面もクライマックスのような感動は感じられる。ただ問題はそこからだったのだ。

部屋から脱出できたものの、母に残ったのは「異常」であった7年間のトラウマ。ジャックにあったのも人生感がガラリと覆る「異常」。
その異常に対する2人の悩み(ジャックには多少のワクワクがあったのかもしれないが)が、ダイレクトに表現される。
せっかく部屋から解放された上でのこの展開は悲劇的だ。
母はその異常な経験のトラウマ、母という立場としての苦しみから自殺をはかる。ジャックはそれにより母と離れ離れになることを余儀なくされる。

しかし、ここからが本来の「部屋からの脱出」になる。
ジャックは徐々に「世界」を受け入れていき、周りにも心を開くようになっていく。母を通さなければ祖母とも話せなかった彼がご近所さんにパンケーキを作ることを伝えたり、ついに友だちができたりする。
それらの世界を受け入れていく過程が、あくまでさりげなく差し込まれるのが上手い。
部屋の象徴ともいえた長髪を母のために切ること、憧れだった犬との対面もまた盛り上げすぎず、かつ感動的。それらひとつひとつの積み重ねこそが後半クライマックスの特徴なのだ。

だんだんと「部屋」から「世界」に動き出した彼の決定的な「脱出」がラスト、再び事件現場となった部屋を訪れることで終わる。
5年間見てきた部屋が、1度世界を触れて見てみるととても狭く小さなものだった。セットに工夫があるのか、いくつかの生活用品がなくなっているのに冒頭と比較して本当に小さい部屋に見える。まさにジャックから見た新たな「部屋」の見え方だろう。
脱出後何度か「戻りたい」と言っていた彼がここで「嫌だ」と口にする。
そしてここで、部屋の中のものに別れを告げていく。言うまでもなく冒頭と対比されるこの演出で我慢していた涙が一気にあふれ出た。
音楽の盛り上げも再びここで加速する。本当の意味でジャックが部屋から脱出した瞬間だからだ。

この物語は中盤でジャックは身体的に部屋から脱出するが、物語のクライマックスで初めて精神的にも脱出するのだ。ついに部屋から出て、ここから本当の意味での世界での生活が始まる。それぞれのシーンの細かな積み重ねが一気に活きていく演出がとても見事な、素晴らしい作品だった。
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