三樹夫

葛城事件の三樹夫のレビュー・感想・評価

葛城事件(2016年製作の映画)
3.2
この映画を一言で表すと家父長制だろう。父親の三浦友和は家父長制を体現したかのような家庭を作っている。また母親と次男、特に次男に家父長制は強く伝染している。長男は家父長制から逃れられないが、家父長制にどっぷりハマることもできない。
家父長制は家庭に限った話ではなく何処にでも表出している。家父的なリーダーなり権力者が、家父の俺は偉いんだぞ俺に従え奉仕しろと支配関係を築いてくる。しかし家父は何故支配者の地位に君臨しているのか。それほどまで凄い実績や支配者たる実力があるのかというとそうではない。三浦友和はずっと滑稽な害悪として描かれていた。やたら強がったり動じてないそぶりをするが、冒頭の壁の落書き消しのシーンで、原付が通りがかった際明らかにビビっていた。強がったりしているが内心はビクビクしている小心者だ。現実世界でも家父的な男の散々偉ぶっていたくせに滑稽な様を見るというのは度々ある。石原慎太郎の私はもう平仮名も忘れたや、サントリー社長の国民皆保険の民営化は主張していないなど枚挙にいとまがない。さんざん偉そうにしてたのに何それとあっけに取られてしまい、こちらの方がアワアワしてしまう。
三浦友和は金物屋と自宅を絶対に手放そうとしない。なぜならそれらを持つ自分は家父たりえる偉さがあると思っているためだ。しかし金物屋は親から受け継いだだけでしかも閑古鳥が鳴いており、自宅にも何一つ良い事など無い。家父としての偉さを担保する空虚な虚飾に必死にしがみついている。三浦友和には金物屋と自宅以外には何もなく、だからこそ必死にしがみつく。
田中麗奈に俺の家族になってくれとせがむのは、家父長制は自分一人では成立しえず、家父長制の構成員である被支配者を必要としている。家族以外の人間に対しても上下関係を作り出すことに必死で、一度自分より下の立場のものを見つければ支配者たる家父として偉そうに振る舞う。中華料理屋で店員にゴミみたいなクレームをつけていたのがそれだ。この何とかして自分より立場の下の者を見つけ、自身は家父として振る舞うというのは次男と母親にも染みついている。次男の田中麗奈に対する接し方がそうだし、母親の長男嫁に対する接し方がそうだ。また長男の会社の上司の偉そうな説教も同じだ。とにかく自分が上に立ってマウントをとるという、誰もがマウントがとれ自分が家父になれる相手を様々な場で探している。
母親が逃げ出したアパートでは母親長男次男の3人だけのときは作中唯一の和やかなムードが流れていた。家父長制から抜け出せれば、家父長制の権化のあのクソ親父さえいなければ違った結末だったのかもしれない。

次男は同情心を感じながらも哀れな男だ。結局父親に刃を向けることはできずそれを他者にぶつけ、面会の場で父親への言及や罵詈を吐くことすらできない。父親もまた次男ではなく母親を殴るということしかできない。

役者の演技が8割と言ってもいい映画で、元々舞台が原作だったというのもあるが悪い意味で舞台的すぎる。長台詞のシーンの舞台感たるや。ただ役者は本当に頑張っている。舞台感を出さないためにこういった演技をしてほしいというディレクションや演出がないのが原因なのだが、そもそも舞台感が出ようが別に構わないと思っていたのかもしれないが。
この映画はニートやリストラリーマンの描写がテンプレの詰め合わせだったり、細かいところが雑でリアリティは薄い。まず会社の1Fロビーで面接や履歴書とか広げたりしないから。長男は結構デカい会社の面接まで行ってるということは書類は通るレベルの人物で、後は数打ちゃどこかに受かるだろうし、そこまで高望みしてもなさそうだし、普通に再就職できると思うのだが、精神病んで汗だく自分の名前も言えなくなるというので、長男は再就職できませんでしたの負のご都合主義になっている。リストラリーマンが毎日公園で時間つぶしはマジでテンプレ。まだこんなことやるんだと思った。
ニートはわざわざ人が集まってるところにノコノコ出てこないと思う。自室に引きこもって、人の気配がなくなったら出てくる。通り魔シーンも誰一人として中々その場から逃げようとせず棒立ちが続くっていうのも気になった。こういうの全部が全部舞台の演出で、それを映画でやられると違和感がすごい。
葛城家ってどうやって家計のやりくりしてるのだろう。かなり前から金物屋の売上なんて低いだろうし、事件後もハウスキーパー雇う金なんてどこから出したんだ。施設の入院費も何処から出てるんだろう。借金?生命保険?庭付きのあんなデカい家買うのも維持するのもものすごく大変だと思うが、この映画は所々地に足ついてなくてリアリティが薄いと感じる。
長男の煙草をポイ捨てするも結局戻ってきて吸殻を拾う演出は良かった。ポイ捨てもできない所謂いい人で、父親みたいなゴミカスにはなれない、だからこそあんな結末になるのも分かるし長男の人柄も伝わる演出だったと思う。
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