MasaichiYaguchi

リップヴァンウィンクルの花嫁のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

4.5
タイトルといい、ヒロイン皆川七瀬のアカウントネームがカンパネルラだったり、映画の後半からの世界観にしても、本作は、原作・脚本・監督を担当した岩井俊二さんによる現代のおとぎ話だと思う。
主演の黒木華さんは昭和の香りのする女優としてのイメージが強いが、本作では意志が弱くて自己主張が少ないけれど、ちゃっかりした所もある今時の若い女性を演じている。
このヒロイン七海は正教員を目指して派遣で生徒に教えていたりしたが上手く行かず、出会い系サイトで知り合った男性と結婚に漕ぎ着けたことを幸いに、安定した生活を手に入れる。
だが、そんな安易な幸せが長続きする筈もなく、ある切っ掛けからその生活は破綻してしまう。
この作品には七海の運命を変える狂言回し的な存在がいる。
それは綾野剛さん演じる「なんでも屋」の安室行舛という男なのだが、人を食ったような名前そのままに優柔不断な七海を半ば強引に今までとは違った世界に引っ張っていく。
この安室の営む「なんでも屋」だが、冠婚葬祭の代理出席、探偵、イリーガルな詐欺まがいのことまでするという、正に“なんでもあり”という仕事。
ある意味、安室は虚構を売買しているのだが、この作品では安室だけでなく、七海を含めて他のキャラクターも何かしら嘘をついている。
七海は嘘がばれたことで手に入れた現実的な幸せから追放され、その後安室によって虚構の安らぎの世界に導かれ、自分の居場所を見出していく。
この虚構の世界で出会うのが、タイトルにもなっているアカウントネーム「リップヴァンウィンクル」こと里中真白。
彼女との出会いと触れ合いの中で現実社会で傷付いた七海は癒されていく。
映画には寓意性に満ちた様々なものが登場するが、その中でもウェディングドレスは前半と後半では全く意味合いが違う。
そして真白と七海のアカウントネームに込められたもの。
「リップ・ヴァン・ウィンクル」は、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングによる短編小説だが、主人公がある切っ掛けで酒盛りをして眠ってしまい、目覚めたら世の中が20年経過していて一新していたという浦島太郎的な話だが、それを彷彿させるようなシーンが本作にも出てくる。
そして「カンパネルラ」は宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」のキャラクターで、彼は旅の中で主人公ジョバンニに日々、人の為に尽くして生きることが人生の目的であることを伝えるが、七海も真白をはじめとした出会いの中でそれを掴み取ったように思う。
銀河鉄道という夢の列車で様々な人と出会い、様々な経験をしたことで、何処にでも行ける“切符”を手にした童話の主人公のように、七海も虚実ない交ぜの心の旅を経て、人生における“切符”を手にしたような気がする。