タナカリオ

素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店のタナカリオのレビュー・感想・評価

3.7
"サプライズ"とは本人にとって予想しないことを他人がその人のために企画するプレゼントでもある。しかしこの映画での"サプライズ"は、本来とは違う使い方をする。しかし、サプライズとは予想していないことが起こることが大前提。その意味で言えば、この作品の中には観る側にとってのサプライズが用意されている。

ブリュッセルの大富豪の青年ヤーコブは、母の死をきっかけに自殺をしようとするが、何度やろうとしても他人の邪魔(本人達は全くその気はないのだが)が入り上手くいかない。そこで偶然ある旅行代理店の存在を知る。そこは"旅行=天国への旅立ち"であり、"旅行代理店=死を演出する"という今のヤーコブにぴったりの会社だったのだ。この会社の仕組みは、自殺志願者がどのタイミングで、どのように死ぬのかわからない、まさに"サプライズ"という形で最高の旅立ちをプランする。

しかしそもそも死んでしまったらサプライズされたこともわからないのではないか。というか上手い演出に惑わされそうになるが、ようは事故に装って依頼者を殺す"殺人"であり、日本語で言えば立派な"自殺幇助罪"である。
しかし、自殺志願者にとっては、死とは旅立ち、つまり終着点ではなく、出発点なのだ。その出発点を演出されることは、彼らにとっては立派な"サプライズ"なのかも知れない。

このように重い内容なのかと思いきや、作品自体はとてもコミカル。自殺に何度も失敗する様子は、今年公開された"幸せなひとりぼっち"を思い出す。BGMも軽快で、ロマンスかと思いきや突如銃撃戦やカーチェイスが始まったり、とてもメリハリがある。場面の切り替えも丁寧に演出されているので、全く飽きない。観る側のツッコミを誘っているかのようなシーンも多々あり重い設定のはずが全く悲壮感がない。

父の死をきっかけに感情を失くしたヤーコブが、同じ旅行代理店で知り合った自殺志願者のアンネとの出会いにより、徐々に感情が生まれ表情にも変化が出てくるのも面白い。感情がないのなら、自殺願望もないのでは?と思うが、ヤーコブは、感情とともに生きることを望むようになるのだ。どんな豪邸に住んでいようが、自分の居場所を感じなかったヤーコブが、アンネの中に居場所を見つけ秘書ムラーの中に居場所があったことを見つける。人の中に人の居場所があるということは、やはりどの映画でも万国共通である。

アンネとの出会いによってヤーコブは旅立ちの延期を希望する。もちろんこれは誰もが予想できる展開だろう。しかし、彼にはこの後、いくつかのサプライズが待ち受けている。最後のサプライズの時には、もう冒頭の感情が見受けられないヤーコブではない。"逝きたい"が"生きたい"になったヤーコブがそこにはいる。その過程を、この作品は面白い設定と演出、様々な死生観から観せてくれる。
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