イルーナ

人魚のイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

人魚(1964年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

手塚先生の実験アニメの中でも、とりわけあらすじが魅力的で、いつか見てみたいと思っていた作品。今回ようやく観ることができました。

遠い国の少年が、浜辺に打ち上げられていた魚が変じた空想の化身である人魚と楽しく遊ぶ前半。シンプルな線で描かれ、背景が透けている素朴な絵は、まるで絵本のよう。人魚が巻貝の中を泳ぐ姿が生き生きとしていて素敵。
先生自身も、人魚というテーマが好きだそうで、柔らかく弾むような描線は、曲線美そのものである人魚と相性がぴったり。

しかし少年の国では、心の自由が許されていなかった。その国の恐怖を描いたのが後半。父親の顔がまんまヒトラーでゾッとしました……

少年は矯正施設で拷問を受け続けながらも必死で人魚の記憶を守ろうとするが、その記憶もだんだんと薄れていく。
……ここでの拷問の内容がまんま『時計じかけのオレンジ』や『未来世紀ブラジル』なんですが、本作が制作されたのは、それらよりも前。時代を先取りした表現もさることながら、60年代〜80年代の冷戦時代は、それだけ心の自由を奪われる恐怖が身近にあったんだなと感じさせられました。現実にも、現代の価値観では人権侵害甚だしいロボトミー手術とかがこの時代にあったわけですし……

そしてラスト。失われたはずの人魚が甦り、共に海の彼方へ去っていく。少年の抵抗が実を結んだ瞬間であり、同時にその世界では居場所がなかったという切なさ。ラストカットでは、多分少年も人魚になってますよね。生きる場所のなかった少年は、自らを空想の存在に変え、真の自由を手に入れた。こういう話には弱いです……
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