じゅぺ

シング・ストリート 未来へのうたのじゅぺのレビュー・感想・評価

5.0
①ひと目で心射ぬかれたラフィーナのため、バンドを結成したコナー。両親の不仲や荒れた公立校への転校など逆風に不安を感じる中、MV製作を通して深まる友情と切ない恋心を80年代UK音楽にのせて描く。傑作!

②不況、離婚寸前の両親、音楽狂の兄、理不尽な校長、いじめっ子。コナーを取り囲む環境は厳しい。故郷に見切りをつけイギリスへ旅立っていく人びとを見て不安を感じないはずがない。将来自分はどうなってしまうんだろうという行き詰まりが本作の背景を暗いものにする

③しかし音楽にのめり込むとき、彼は明るい光に照らされる。世界をポエティックに捉えるその目線はアーティスト。苦しさ、悩み、喜びをリリックにのせて放出する。ラフィーナへの想いは曲を作るたびに深まっていく。ふたりを分断する障害が、その関係をさらに熱くする

④そんなコナーの頑張りを見守るバンド仲間たち。彼らのやり取りは絶妙でかなり笑わせる。その間に突然、コナーを不安にさせるネガティヴな環境の描写が差し込まれる。この落差がそのままコナーをバンドへと駆り立てる動機の説明になる。音楽への傾倒は苦悩の裏返しだ

⑤彼が音楽を通して実現したいこと。それは初め単なるラフィーナへの誘い文句だったが、徐々に自分の内に燃え盛る気持ち、すなわち海のその向こうへと渡る夢に気づいていく。ラフィーナに心惹かれたのも、彼女がイギリスでモデルとして大成とする野望を持っていたから

⑥未来は必ず明るいものになる信じるラフィーナの力強い姿勢。「本当の私はこんなはずじゃない」と思うからこそ、彼女は大人びた服を着、年上の男性と付き合う。コナーはそこに共鳴し憧れた。だから夢を諦めてしまえば彼にとって彼女はただの16歳の女の子なのだ

⑦コナーのすべてがぎゅっと詰まったミュージックシーンは必見。特に中盤のとあるシーンは素晴らしい。現状に対する切なすぎる想いが溢れ涙を誘う。クライマックスは熱気がスクリーンを通して伝わってくるほどのエネルギー。歌によってつながった人々の絆の強さに感動

⑧ビジュアルにキャラの内面の変化がわかりやすく描かれていた。特にコナーは最初芋っぽいお坊ちゃんだったのが、作詞の才能を育み、音楽に目覚めていく中で洗練されていく。ラフィーナも、心の揺れ動きがファッションや化粧に現れていた。詳細はネタバレなので省略

⑨ひとつ不満を挙げるとすれば、一部バンドメンバーの扱いが小さいこと。特にコナーのラフィーナに対する猛烈なアプローチをどう感じ取っていたのかは気になった。温かく見守っていたんだろうか?エイモンの発言から察するにみんなモテたかった?

⑩単純に音楽を楽しんでいる感じはMV撮影の過程からも伺えるので尺の割き方としてアンバランスということはないのだけど。バンド内での掛け合いが非常に楽しかったので、中盤以降関心が全て恋愛に向いてしまったのは残念。終盤、バンドに加わる変化のロジックも曖昧

【追記】
①ジョンカーニーがあえてバンド活動よりもMV製作に焦点を当てた意味を考え、作品を捉えなおすことも可能?ラフィーナをバンドの一員に迎える物語も用意できたはずだが、そうはしなかった。監督自身の青年時代とMV製作の経験を反映した自伝的作品ではあるけど…

②主題は音楽でありながら、あえてそれを映像に残すことも作中かなり大切に扱われている。ジョンカーニーの体験からこの特別な要素の全てが導かれたとも考えられない。なにかMV製作であることの意味はあったのか、すこし悩んでいます

→これについては「80年代はMV全盛期で、音楽を映像にすることに夢がある時代だった」という指摘をいただきました

③シングストリートはホントにコナーと同じ高校1年生ぐらいの人に見て欲しいと思う。思春期に入るとまわりの大人をみて、自分は将来どうなるんだろう、何になりたいんだろうと考える。そして先の見えなさに気づいて不安になる。そういう過程をこれから迎える人に勇気を与える映画だから

④もちろん、大人だって、彼らの身体の内から無尽蔵に湧き出るエネルギー、情熱、それからちょっとのおっかなさ。「俺は俺だ。茶色い靴を黒く塗るなんてしたくねえ!」ていう当たり前のことをちゃんと言えちゃう怖いもの知らずの痛快さ。ホントに元気をくれる映画だ
じゅぺ

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