ひれんじゃく

スイス・アーミー・マンのひれんじゃくのネタバレレビュー・内容・結末

スイス・アーミー・マン(2016年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

死者から生きるということを教わるいい映画だったように思う。私は好きだった。たしかに死人の描き方が冒涜的だという意見もわからなくはない。だけれども「死人らしい振る舞い」「死人に対する適した扱い」なるものを強制させている社会に私たちが住んでいるということに気づかせてくれるという点ではハッとした。「死人は墓で眠る以外の在り方をしてはならないのだろうか」「いやそんなことはない」「社会が不謹慎だのなんとかだの言って強いているだけ」っていう可能性に満ちた作品。死体を友達にしてはいけない?なぜ?

「人前でオナラをするっていうのも恥だとされているけど、なぜそれは恥ずかしいことなのだろう」「そのために我慢をしなくちゃならないなんて、そうなったら一体体裁を保つためにはどれくらいあらゆることに関して我慢を重ねなければならないのだろう」という素朴な疑問から、人がいない場所は危険な代わりにいかに自由なのかという対比をしてきたところがすごく好き。帰りたかったはずであるのに、気がつくと死体の友達との自由な暮らしから抜け出せなくなっている。せっかく帰りついても周りの人は生きた人と死んだ人の扱いを明らかに変える。死体は喋らず、火を起こすこともジェットスキーになることも恋をすることもない、ただの屍として在ることを強制される。だから一緒に社会の中にいることはできないけれども、死体が死体ではない在り方が出来るようにお別れしたところで不覚にも泣いた。

社会は「死体の扱い方」は決まっていて、間違っても道具であるとか友達になるとかという見方はしない。してはならないとすらなるかも。だけれども、生者は違う。勿論それなりに縛りはあるけれど、死者よりも許されている行動が多い。選択の自由がある。与えられている範囲内で行動するならば、社会から奇異な目で見られることはない。そこで暮らしたいのなら、多少は不自由しても従う他ない。メニーは死んでいるけれど、ハンクは生きている。可能性の中に生きている。だから、という繋がりなのかな。あの恋愛の件は。

狂った映画ではあるけど単にそれで片付けるには勿体無いような気がしてしまう作品。観て良かった。
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