このレビューはネタバレを含みます
「毎日が新しい日」
月曜から日曜まで日付が変わるごとにパートを区切りながらパターソンの1日を描写してていく構成。
バス運転手、ローラのパートナー、マーヴィンの飼い主、バーの客として過ごす日々のルーティンに起こる些細なやり取りや出来事を切り取る。一方で双子やチェス、滝、ギャングの忠告など自分の周りのものが日を跨ぎ、地続きになって現れる。
愛する人を失い(フラれ)人生の意味を見失っているバーの客仲間のエヴェレット。
そんな彼を慰めていたはずのパターソンにも
詩のノートを失うという悲劇が起こる。
日々の積み上げてきた大事な詩がある日、全て消えるという莫大な喪失感に呆然とするパターソン。「1人になりたいなら私が出かけるわ」と最大の優しさをかけるローラの声も届かず1人散歩に出かける。
途中でエヴェレットとすれ違ったあと、
日本人の詩人と出逢い、ノートを渡される。
「白紙のページには無限の可能性がある」
何かを失ったときや躓いた時に、心を軽くしてくれるセリフをこの映画から貰った。
少女の「ウォーターフォール」の詩も凄くよかったしレンガ作りの車庫や、寝室の椅子、マーヴィンの特等席、地下の書斎、バーの外でで待つマーヴィンも全てがかわいかった。
詩であれラップであれ、感情や言葉を紡ぎ何かに書き残すことは自分を、人生を形どっていく行為なんだとこの映画を観て感じた。
「詩の浮かんだところがスタジオさ」
メソッドマン先生流石のパンチラインでした。