くますけ

だれかの木琴のくますけのネタバレレビュー・内容・結末

だれかの木琴(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

孤独にこんなに力があるなんて。

小夜子は現状に満ち足りていなかった。
一見優しい夫は心も体も外側に向いていて家庭はセキュリティに守らせておけば安心だなんて思っている。
娘はおやつを食べるのさえ自室で、手もかからず、もう子供ではない自分のコミュニティをもっている。
新築の我が家はヘリコプターの騒音に象徴されるように不愉快で不安で苛立つ場所だった。
そんなときに出会った若い美容師は、声が、指が、少し旦那に似てる気がした…

海斗は苛立つ季節をやり過ごしたことがあるから、小夜子の言動を少しおかしいと思いながらも、許容しているようにみえる。
結局海斗は一度も小夜子を責めなかった。

それは人によっていつどうやって訪れるか分からない。
孵化する時の危なげな時期。
でも孵化するには自分の力でする以外ないし、まわりはただ見守るしかない。

小夜子は海斗に会って髪を切ればその満たされない心をうたかたに満たすことができたんだろう。ワインでも飲みたいくらい。
それは海斗が小夜子の孵化をどこかで理解して許容していることが分かったからかもしれない。

繰り返し小夜子の中に浮かぶだれかの木琴のイメージは満たされずからっぽで何かしっくりこない自分自身のことなんだろう。乾いた、時に寂しく、苛立つ音が小夜子の心情のようだった。

結局、小夜子は衝動につき動かされながらぐんぐんと疾走して、最後にはやっと少し落ち着きを取り戻す。
でもラストシーンがただ丸くおさめてはくれなかった。
旦那は改心したようだがまだ外への諦めがついていない。
娘はお金が足りないくらい色々あるらしい。
ほんの少しの間だけ、うたた寝の間だけ、優しい毛布に抱かれて休む。
孵化は一度だけとは限らないから。

役者、全員素晴らしい。全員がほんとに役割を果たしてる。
会話が凄くよかった。とくに若いふたりの味噌汁のくだりが好き。
あと最後メールで会話するのは、台詞だったら真実味が薄れたかもしれないところをあえてのメールにしたのが現代性の真理をついてる。
途中まではストーカーにも見えていたけど、小夜子の気持ちがあくまで旦那に向いているのに気づいてからは映画がなだれ込んできた。面白かった。

サードやもう頬杖はつかないが好きだったんだけど、もう確信した。
私は東陽一監督が好きなんだ。

それにしても!ただのストーカーものとして観てる人が多くて、勿体ない!
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