うめ

冷たい熱帯魚のうめのネタバレレビュー・内容・結末

冷たい熱帯魚(2010年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

エログロナンセンス


園子温の映画は多分初めて。
最初の妙子(主人公の妻)がなぜか胸の谷間全開で冷食を流れるように買い、"チン"して"冷めた"食卓に並べるシーンが印象的。

ここでこの映画はノンフィクションに基づいていることが観客に大々的に告げられる。

2時間のド派手な殺害、解体シーンの数々、
でんでん演じる村田をはじめ、人を"透明にする"ことへの軽さにまさに感覚が麻痺させられるが、これはノンフィクションが元なのだ!
改めて現実の物凄さを感じさせられる。

印象的なのが村田とその妻の、主人公に対する恫喝と暴力。
村田は普段はニコニコして明るく(でも実際こんなにハイテンションなおじさんいたら怖い)おしゃべりしまくる口を一転、恐ろしい恫喝を主人公に浴びせかけ、支配する。
それがすごいんです。
実際見ている自分も、明らかに冴えない怖がってばかりいる主人公よりも、凄みがあって、なによりも自分のことに執着して有無を言わせない村田の方がなんというか、上というか、すごい、よくできた(完成度の良し悪しは置いておいて、とりあえず完成している)人間だと感じてしまう。

そして、主人公にしても、最初と、最後では、全てを捨て、全てを破壊し尽くした主人公の方が、より"完成して"見えてしまう。

村田の妻、村田、そして最後の主人公のように、道徳的に通常より刺激的に完成してしまう人間たちがこの世には五万といて、誰もが、どんなきっかけでもそうなりうる、そんな恐ろしさ。

そんな主人公も、最後は娘に笑われながら命を閉じる。村田も、主人公も、十代の少女の前ではそこまで大きな意味があるものではなかったのか。村田の考える宇宙も、主人公の考える宇宙も、彼女の中では氷山の一角であったかのような、実は地球は象の上にいるのでしたみたいな、無知感、無力感も感じるラスト。

個人的には、同じ凶悪犯罪の映画なら、凶悪の方が恐ろしくて、引き込まれたかも。
今回の作品は明るい色彩がポップにさえ感じ、その色彩が、実は人間の肉片であるという恐ろしさに引っ張られて、気持ちが霧散するんだけど、
凶悪は一定のトーンがヒタヒタとより現実的で怖かった印象。

書いているうちに怖くなってきたので、もう辞めます。


結論、
ノンフィクションもので、殺人ものは、用法用量守って、摂取のしすぎ注意です!笑
(怖くて眠れないし、真っ赤な担々麺とか食べたくなくなるし、脳が縮む感じする。)
うめ

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