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あめつちの日々の作品紹介

あめつちの日々のあらすじ

沖縄県読谷村、やちむんの里。ここには百を超える窯元が集まり、 焼き物作りがさかんな地区である。四人の親方たちで営なまれる共同窯「北窯」。 「北窯」の親方の一人、松田米司工房では使うための器たち、伝統工芸品が今日も作られている。 故郷である沖縄の土で粘土を作り、自分たちの登り窯で焼き上げる。 そのあり方はかつての風景と変わらない。 とは言え、多くの問題もある。途絶えた伝統技術の復活、そして地元の白土が入手困難になりつつある。 米司親方は資材調達のために国の内外問わず探し回り、今日はベトナムへ向かう。 それは伝統を継承するためでもあり、次世代への新しい伝統工芸の模範にもなっていく。 ベトナムの新しい土で焼き上げたやちむんたち。それは伝統になるのか? 戦争で失われた島の伝統、毎年やってくる激しい台風、近くにある米軍基地。 そんなことは「なんてことない」という強さを持った琉球人たちを映画は目撃する。

あめつちの日々の監督

川瀬美香

原題
製作年
2016年
製作国
日本
上映時間
92分

『あめつちの日々』に投稿された感想・評価

小
3.6
沖縄・読谷村の読谷村焼のドキュメンタリー。前情報をインプットせず観た。

しかし、この映画は前情報を知っていた方が良いかも。少なくともフライヤーの次の文章くらいは。

<1972年沖縄本土復帰後、文化を旗印に再生した沖縄本島読谷村。かつての不発弾処理場は、沖縄文化を象徴する“やむちんの里”として生まれ変わった。>

舞台挨拶の話によればこの製作会社のコンセプトは、“感じる映画”とのことで、前半は説明なく、主役の職人さんがろくろを回したり、窯で焼いているシーンが静かに、延々と続く。

刺激が少ないので、陶器に興味がなければ、退屈極まりない。この映画のメインテーマを知らなければ、陶芸に対する職人さんの想いを感じる映画なのかと思う。

ところが、ラスト20分前くらいに、元読谷村村長のインタビューがあり、突如テーマが明らかになる。

読谷村はかつて米軍基地が面積の100%近くを占めていた地域。村民は活力を、誇りを失っていたという。

誇りを取り戻したい元村長は、文化施設を設置することを理由に米軍施設の撤去を要求。不発弾処理場は“やむちんの里”になり、現在米軍の施設は面積の3分の1程度に減少した。

古くは中国、第二次大戦後は米国、日本と属する国が変わってきた沖縄。自分達はいったいどこの国の人間なのか。

アイデンティティが揺らぐ状況下で、自らの存在を確かなものにする文化活動は、必要不可欠だった。

ここで思い出すのが、映画『独裁者と小さな孫』のモフセン・マフマルバフ監督の言葉。

<銃で世界を救うことは絶対にできない。では、何があるかと言ったら、それは文化と芸術です。芸術は世の中に変化を起こすことができる。>

『独裁者と小さな孫』の鑑賞後にこの言葉を読んだ時はピンとこなかったけど、『あめつちの日々』を観て腑に落ちた。

芸術は、文化は、世の中に変化を起こすことができるのだ。その好例はこんな身近にあったのだ。文化を創り、守ること。それは争いを減らしていく上で、とても大切なことなのだ。

そういう視点で振り返ると、陶芸に打ち込む職人さんの姿がまた違って見えるような気がする。
nidryk
5.0
13房の大きな登り窯を構えている
読谷村「北窯」の陶工のドキュメンタリー映画を見に逗子の公民館へ
4人で開いたこの工房は今年30周年との事

受付にいくと「松田米司さんからです。おひとりずつどうぞ」とちんすこうがおいてありました。ご本人からのまさかの逆差し入れ!にほっこりしてまもなく始まったわけですが、最初にでてきた米司さんの屈託のない笑顔がやさしくてやさしくて一瞬で本当に沖縄の風のように全身を包んでくれて(3回しか行ったことないけど)その笑顔は上映中何度も写っていたが、本当に陶芸というか、そこで暮らすことが好きでたまらなくて誇らしい姿…

かつて読谷村は米軍基地が9割を占めていて不発弾処理場にかわって「やちむん(沖縄で焼き物のこと)の里」ができたそう。村人が文化・伝統を通して自らの暮らしに胸を張って生活してほしいと語っていた当時の村長のインタビューが、とても優しい話し方だが私には到底想像もつかない覚悟と決心があったのだろう。
ものをつくる、誰かが日常でそれを使う、そうして積みあげられた日々はぴったり重ねられるように作られているやちむんの茶碗と似ているな。

米司さん、
「伝統というと堅苦しいと思うかもしれないけどそうではなくて、地域の人々がそこで暮らす事だと思うよ、ぼくの場合ははね、そう思うんだけどね。」

上映後のトークでも「伝統(誰が作ったかわからなくていいもの)と個人(オリジナルを探求する心)が戦っているようだ」と葛藤もあることをお話ししていましたが、導き出された答えは米司さんの生死感にもつながっているようでした。

沖縄でとれる土が少なくなってきてベトナムでいい土を見つけた時の「ワクワクするねえ!」の笑顔はオリジナル10000%。
伝統を選んで生きていくけれど、今の様々な状況も受け入れて希望は捨てずベストを尽くす職人としての米司さんの姿にとても感動しました。
3.8
やちむん!