あめつちの日々の作品情報・感想・評価

あめつちの日々2016年製作の映画)

上映日:2016年05月07日

製作国:

上映時間:92分

3.5

あらすじ

沖縄県読谷村、やちむんの里。ここには百を超える窯元が集まり、 焼き物作りがさかんな地区である。四人の親方たちで営なまれる共同窯「北窯」。 「北窯」の親方の一人、松田米司工房では使うための器たち、伝統工芸品が今日も作られている。 故郷である沖縄の土で粘土を作り、自分たちの登り窯で焼き上げる。 そのあり方はかつての風景と変わらない。 とは言え、多くの問題もある。途絶えた伝統技術の…

沖縄県読谷村、やちむんの里。ここには百を超える窯元が集まり、 焼き物作りがさかんな地区である。四人の親方たちで営なまれる共同窯「北窯」。 「北窯」の親方の一人、松田米司工房では使うための器たち、伝統工芸品が今日も作られている。 故郷である沖縄の土で粘土を作り、自分たちの登り窯で焼き上げる。 そのあり方はかつての風景と変わらない。 とは言え、多くの問題もある。途絶えた伝統技術の復活、そして地元の白土が入手困難になりつつある。 米司親方は資材調達のために国の内外問わず探し回り、今日はベトナムへ向かう。 それは伝統を継承するためでもあり、次世代への新しい伝統工芸の模範にもなっていく。 ベトナムの新しい土で焼き上げたやちむんたち。それは伝統になるのか? 戦争で失われた島の伝統、毎年やってくる激しい台風、近くにある米軍基地。 そんなことは「なんてことない」という強さを持った琉球人たちを映画は目撃する。

「あめつちの日々」に投稿された感想・評価

reitengo

reitengoの感想・評価

3.3
のんびりした空気感が知らぬ間に沖縄を訪れているようで居心地がよかった。終わった瞬間に寂しさを感じました。
小一郎

小一郎の感想・評価

3.6
沖縄・読谷村の読谷村焼のドキュメンタリー。前情報をインプットせず観た。

しかし、この映画は前情報を知っていた方が良いかも。少なくともフライヤーの次の文章くらいは。

<1972年沖縄本土復帰後、文化を旗印に再生した沖縄本島読谷村。かつての不発弾処理場は、沖縄文化を象徴する“やむちんの里”として生まれ変わった。>

舞台挨拶の話によればこの製作会社のコンセプトは、“感じる映画”とのことで、前半は説明なく、主役の職人さんがろくろを回したり、窯で焼いているシーンが静かに、延々と続く。

刺激が少ないので、陶器に興味がなければ、退屈極まりない。この映画のメインテーマを知らなければ、陶芸に対する職人さんの想いを感じる映画なのかと思う。

ところが、ラスト20分前くらいに、元読谷村村長のインタビューがあり、突如テーマが明らかになる。

読谷村はかつて米軍基地が面積の100%近くを占めていた地域。村民は活力を、誇りを失っていたという。

誇りを取り戻したい元村長は、文化施設を設置することを理由に米軍施設の撤去を要求。不発弾処理場は“やむちんの里”になり、現在米軍の施設は面積の3分の1程度に減少した。

古くは中国、第二次大戦後は米国、日本と属する国が変わってきた沖縄。自分達はいったいどこの国の人間なのか。

アイデンティティが揺らぐ状況下で、自らの存在を確かなものにする文化活動は、必要不可欠だった。

ここで思い出すのが、映画『独裁者と小さな孫』のモフセン・マフマルバフ監督の言葉。

<銃で世界を救うことは絶対にできない。では、何があるかと言ったら、それは文化と芸術です。芸術は世の中に変化を起こすことができる。>

『独裁者と小さな孫』の鑑賞後にこの言葉を読んだ時はピンとこなかったけど、『あめつちの日々』を観て腑に落ちた。

芸術は、文化は、世の中に変化を起こすことができるのだ。その好例はこんな身近にあったのだ。文化を創り、守ること。それは争いを減らしていく上で、とても大切なことなのだ。

そういう視点で振り返ると、陶芸に打ち込む職人さんの姿がまた違って見えるような気がする。