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未来よ こんにちはのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

未来よ こんにちは(2016年製作の映画)
4.0
 ついにこのような熟年(50代前半という設定)のヒロインが女性監督によって生み出された! ある種のほろ苦さをちょっぴり滲ませながらも、〈女性の自立〉のイメージが鮮やかに刷新されていると言っていい。

 ナタリー(脚本からイザベル・ユペールを想定して書かれた)はパリの高校の哲学の教師。娘と息子はすでに独立し、やはり哲学者の夫とは若かりし頃は5月革命の同志だったらしい(ん? 計算が合わないか)。かつてモデルだった母親は老いが受け容れられず自殺未遂を起こすなどして彼女を翻弄する。そして結婚25年目にして夫は「好きな人ができた」と家を出て行ってしまう。

 監修・執筆した哲学の教科書は時代遅れとの烙印を押され、やがて施設に入っていた母親が突然に亡くなる。優秀な自慢の教え子の青年も彼女を「思想と行動が一致していない」と批判してアルプス近くのコミューンで暮らすべくパリを去っていく・・・・・・。

 それでもナタリーは通勤のメトロやバスで哲学や思想関係の書物を読み続け(よく集中力が続くなぁ!?)、教師として高校生たちに「自分で考える」ことを説き続ける。

 つまり、彼女は知的な追求そのものに生きる意味と価値と喜びを見出す女性なのだ。その知的な快感が〝おひとりさま〟の彼女の背筋を伸ばさせている。豊饒な知の世界には、孤独な思索においてこそ踏み入ることができるという面があるのだから。

 ちなみにナタリーはいつもなんだか前のめりにせかせかと歩くタイプなのだけれど、それは彼女が職業生活と個人的な知的活動に加えて妻や母、娘(老いた親のケア)としての女性役割を果たし続ける忙しさのなかで身についてしまった習性なのではないかしらん。

 この作品でベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)を受けた監督のミア・ハンセン=ラブ(1981年生まれ)は実際に両親が哲学の教師なのだという。彼女は17歳の時にオーディションで出演した映画の監督オリヴィエ・アサイヤスとの間に後に一子をもうけている。『グッバイ・ファーストラブ』(2011)のヒロイン像や実の兄の青春をもとにした『EDEN/エデン』(14)などを見ると、これまでにない知性と感性を備えた才能の持ち主だと思う。

 

 
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