ボブおじさん

透明人間のボブおじさんのレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
4.2
「透明人間」と言えばフランケンシュタインや狼男・ドラキュラなどと並びいわゆるモンスターの括りとして描かれてきたが、本作の透明人間は、その括りを逸脱する。

他のモンスター映画同様、かつての透明人間は、そのビジュアルを見せることにより恐怖と驚きを与えていた。白い包帯にサングラスと帽子、その包帯を外すと…

「インビジブル」でも当時の最新の映像技術で透明から姿を見せる過程の描写で恐怖を抱かせる演出をしていた。

だが今回は、まるで誰もいないかのように、何も見えないことを強調して見えないことの恐怖を描いている。そこが、今までの透明人間と明らかに違う作りになっている。何の変哲もない、唯の部屋の描写がこんなに怖い映画もない。

原作は何度も映像化されてきた、H・G・ウェルズによるSF小説の古典。本作ではヒロインが夫からのDVに遭っているという新たな着想を導入し、冒頭の場面からその恐怖を高いテンションで描写する。

ヒロインを演じたエリザベス・モスの繊細な演技が素晴らしかった。冒頭の怯えた表情、徐々に追い詰められて疲弊していく様子。自分で自分の正気を疑い出し、絶望する様。そしていざ、覚悟を決めた時の息を呑むような美しさ。

恐怖の描き方には2種類ある。サメやゾンビ、モンスターなどが現れ、誰もが一様に恐怖を感じるパターンと古くは「ガス燈」や「激突!」のように恐怖がきわめて個人的な恐怖で、自分以外の人にはわかってもらえないというパターン。本作は明らかに後者、ヒロインはたった1人でこの恐怖と対峙し精神的な圧迫を受け続けなければならない。

現実の世界でも被害に遭っているのに信じて貰えないことはある。〝自意識過剰〟〝気にし過ぎ〟など心ない言葉を浴びせらた人もいるのでは?

誰もが知っている古典的悪役を題材にしながら、被害者を主人公にすることで、見えない相手への恐怖と誰も訴えを信じてくれない孤立感を同時に味わうことになる。

更には現代社会における、原題通り〝可視化されない男〟の家庭内での暴力・高圧的態度・支配欲そして監視についても描かれている。当事者にとっては深刻でも周りは誰も気づかない。まるで家庭という〝隠れ蓑〟を使った透明人間のように。

単なるSFホラーを超えた、心理サスペンスそして社会への皮肉を込めたメッセージ映画としても良くできている。数ある「透明人間」映画の中でも一番の傑作だと思う。


公開時に劇場で鑑賞した映画を動画配信にて再視聴。