『KOKORO』
原題 Kokoro/Le Cœur régulier
製作年 2016年。上映時間 95分。
これが長編2作目となるベルギーの女性監督バンニャ・ダルカンタラが、日本のある小さな村を舞台に、心に深い傷を負った人間が再生していくさまを描いた人間ドラマ。
ベルギー、フランス、カナダの合作映画で、『奇跡のひと マリーとマルグリット』のフランス人女優イザベル・カレが主演を務め、國村隼、安藤政信、門脇麦(わざわざ脱がんでもエエけどなぁカレも)が共演する。
カレがアリス役、國村が元警察官のダイスケ役を演じる。
フランスで暮らすアリスのもとに弟のナタンがやってきた。
旅先の日本で生きる意欲を見つけたと幸せそうに語っていたナタンは、数日後突然この世を去ってしまう。
最愛の弟をなくしたアリスは、弟を変えた人々に出会うため、ひとり日本を訪れる。
行き着いた先は自殺の名所として知られる崖のある海辺の村だった。
そこでアリスは元警察官のダイスケと出会う。
ダイスケは自殺のために村を訪れる人に寄り添い、自殺を思いとどまらせていた。
村の人々との交流がアリスの心に静かな変化をもたらせていく。
バンニャ・ダルカンタラ監督の長編第2作目。
今作品では視聴者に人生について考えさせる。
その前に発表された『Beyond the Steppes』(2010年)とは異なり、今回はやや落ち着いた、しかし、突き刺すようなアプローチをとっているかな。
オリヴィエ・アダムの同名小説の原作で、主演のイザベル・カレは、自分の人生を彷徨う混乱した女性を演じている。
また、ニールス・シュナイダーが弟を演じ、國村隼が元警察官で海辺の一軒家で一人暮らしをしている男性を演じていた。
一人娘がいるが、離れて暮らしており親子仲もあまり良くない。
崖から投身自殺をする者を病的にまで見張っているちゅう役をかなり味のある雰囲気を出してた。
今作品は自動操縦で空虚な人生をさまようアリス(イザベル・カレ)が、快活な弟ナタン(ニールス・シュナイダー)が訪ねてくるとこから彼女の人生の旋回装置が動き出す。
今作品は、人生とは何か、生きるとはどういうことかを考えさせる。
しかし、今作品は幾度となくミスを犯してる。
アリスがどのように人生を歩み、弟がどのように彼女を目覚めさせようとし、弟の死がどのように彼女に自分の人生を見つめさせるか。
てんでわからない。
中盤は余裕があっただけに、映画の始まりが早すぎたのが残念かな。
また、断片的な描写が引き延ばされ、違和感を覚えることが多かった。
例えば、見知らぬ日本人の少女ヒロミ(門脇麦)が主人公のリュックをひったくり、彼女についてくるように命令し、アリスは何の抗議もせずにそれを実行する場面。
あり得んやろ。
そのヒロミちゃんにアリスは風呂場で突然キスされる。
例えアリスがバイセクシャルであったとて、少し前に知り合った同性のガキにキスされ、何もなしにおわるかなぁ。
同性であろうと若かろうと合意のないキスは違法です。
あり得んやろ。
って、アリスはその後、安藤政信演じるジロウと行きずりのチョメチョメ(表現古っ)する低い貞操観念ならあり得るかな。
でもまぁ、今作品はあり得んやろや、不快なシーンばかりが悪いわけではない。
アリスがもう我慢できず、不快な状況に陥ったために一瞬笑いで咳き込む場面では彼女の状況をチョイ理解はできた。
今作品で目についたんは、アリスの髪かな。
初めのうちは、後ろでサラッと梳かれ、首の根元でピンかゴムでまとめられていた。
しばらく日本に滞在しているときは、数本がほどけた馬の毛束を身に着けている。
そして最後には、ゆるく乱れたお団子を作る。
これは、彼女の旅路をはっきりと描いている。
とまぁプラス・マイナス算盤はじいた感想はまぁまぁでした。