MasaichiYaguchi

わたしは、ダニエル・ブレイクのMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

4.3
前作「ジミー、野を駆ける伝説」を最後に映画界を去ったイギリスの巨匠ケン・ローチ監督が引退を撤回してまで撮ったこの最新作には、監督の強い思いというか、“怒り”が満ち満ちている。
アベノミクスで益々格差社会が広がっているように感じられる日本だが、本作で描かれたイギリスの社会は筆舌に尽くし難い。
主人公ダニエル・ブレイクは職人気質のベテラン大工だったが、心臓に病を得てから人生が暗転する。
日本の福祉政策の指針となったもので、“from the cradle to the grave”(ゆりかごから墓場まで)というイギリスの社会福祉政策のスローガンがある。
この政策は、国民全員が無料で医療サービスが受けられる国民保健サービス(NHS)と国民全員が加入する国民保険(NIS)を基幹としている。
しかし、この社会福祉政策は膨大な財政支出をもたらし、その赤字削減を目指してイギリス政府が行った福祉保障制度改革、分かり易く言うと、福祉や住宅手当、社会保障のカットで社会的弱者への締め付けを強める結果となっている。
心臓に病を抱えたダニエルは正にその対象者で、この厳しい現実と向き合うことになる。
日本でも生活保護を申請する際に役所からプライドを傷付けられて、嫌な思いをした人がいると思うが、本作で描かれた役所のダニエルの扱いを見ていると、彼に“責め苦”を負わせているとしか思えない。
そんな彼が、同様に社会的弱者である2人の子持ちのシングルマザー・ケイティと知り合って交流し、彼女らに救いの手を差し伸べていく。
ケン・ローチ監督は一貫して労働者階級の生活をリアルに描く社会派映画を撮り続けている。
この作品でも、実直に生きてきた“善人”であるダニエルが難病に罹り、本来助けるべきイギリスの社会保障制度が逆に彼を追い詰めていく姿を“怒り”をもって描いている。
この寄る辺ないダニエルを癒し、救うのはケイティ一家であったり、隣人の若者たちであったり、以前の仕事仲間、そして役所側の立場ながら同情心から助けたいと思っている窓口担当者という、“向こう三軒両隣”的な名も無い人々だ。
弱者を更に痛めつけるような非情な社会制度に対抗しうるのは、名も無き人々が寄り添い、助け合うことであるとケン・ローチ監督は語り掛けていると思う。