りっく

わたしは、ダニエル・ブレイクのりっくのレビュー・感想・評価

4.5
わたしは、ダニエル・ブレイク。40年間大工として働き、この国に税金を支払ってきた小市民である。そんな彼が国家や制度に中指を突き立て、体温を持った血が通った人間としての尊厳を謳いあげる。それは国にとってはミジンコのように些細なものであり、いくらでも簡単に握りつぶせるものである。だけど、彼は自分の名前に、自分のこれまでの生き方に、絶対的な誇りを持っている。そんな彼の姿は、どんなスーパーヒーローよりもカッコよく見える。

心臓病で倒れ仕事を止められた彼は、労働や受給を巡り、事務的で融通の利かない役所、制度、国家の板挟みにされ、たらい回しにされ、どんどん意欲を削がれていく。何時間も待たされるコールセンターの腹立つBGM、紙ではなく全て電子化された手続きの面倒臭さ、そしてまるで茶番のような履歴書講習。待たされ、なかなか前に進まず、イライラが募る細かい描写は見事で、それに毒づき、頭を搔き毟るダニエル・ブレイクはユーモラスであると同時に、静かな怒りと諦念が観る者にも共有されていく。

そんなダニエル・ブレイクの周囲にいる人間描写もまた見事。中国の工場から直接輸入することで、通常より安価にスポーツシューズを販売する隣のふたりの若者。さらには雨漏りに文句を言っただけでアパートを追い出され、ロンドンから移住してきたシングルマザーとふたりの子供。彼らも国に見放され、いわゆる社会的な貧者が貧者を支え合う、そんな関係性を築いていく様は、この世界で唯一血が通ったぬくもりを実感させられると同時に、一体何のための誰のための制度であり国家であるかと思わざるを得ない。

印象的な場面がある。子供やダニエルの前では気丈に振る舞い、家を直してくれたお礼にと些細な食事もご馳走してくれたシングルマザーが、配給所で食糧を貰ったにもかかわらず、あまりの空腹で恥も外聞も捨て去りその場でパスタソースを泣きながら服を汚しながら貪る痛々しさ。あるいは、生理用ナプキンを万引きした警備員から紹介された身体を売る仕事をダニエルに見つかった際の、生と尊厳の狭間でどうすることもできない居たたまれなさ。掬い取られるひとつひとつの場面に優しさと厳しさが同居している。

ケン・ローチは引退を撤回して本作を作り上げた。どうしても伝えなければならない実状を、観客に押し付けるのではなく、あくまでもダニエル・ブレイクというキャラクターの魅力とともに描き切った。その姿勢と決意に、最大限の敬意を払いたい。
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