チーズマン

セールスマンのチーズマンのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
4.2
ただの夫婦を描いただけなのに、まあ面白いこと。

最初のアパートのところからファルハディ節が炸裂してた、その序盤からさりげない暗示が至る所に散りばめられてて、“ヒビ割れが最も大きいから気をつけろと言われた部屋”のカットを見た瞬間に主人公夫婦には悪いけどこの先面白くなると確信した。

そして案の定面白く、とにかく終盤はいたたまれなかった。


当の本人が許したのならばそれ以上は何をしてあげようとも自分よ私利私欲でしかなくなってしまう、それは分かる、頭では分かるんだけど難しい、主人公の気持ちも分かるんだよなあ。
でもやはりそれはダメ、だってそれは所有物的な考え方で、対等な間柄として見てないってことになってしまう。

そしてそんなことを考えさせる終盤にはもはや“イランの抱える歪みからくるズレ”とか関係なくなっているものを、いつのまにかこちら側が突きつけられてるもすごい。

戯曲『セールスマンの死』の内容を一切知らないで観たけど、十分サスペンスフルで面白かった。
でもやっぱ、その戯曲の内容をある程度知るとこの映画の味わい深さが増した。
そして、また観たくなってしまう。


2022.04.22

再鑑賞

誰が悪いとかでもなく、なんでこんなことになってしまったのかと終盤はずっと考えさせる作品。
もちろん犯人が悪いのだが、治安が悪そうな地区で何も考えず玄関を開けっ放しにした奧さんも不用心、しかしそれは治安が比較的マシなところから急遽引っ越しを余儀なくされたので治安に対する感覚が前の住居のままだったのでしょうがないともいえる。
ではなぜそもそも引っ越さなければならなかったのか、というところまで遡るとすごく大きな歪みを抱えるイランという国にまで射程の広がる作品だった。

俺の妻になんてことしてくれたんだという怒りは分かるが、肝心なのは1番の被害者である奥さんが許した時点で、旦那はそれを尊重するべきだった。
それ以上の復讐は旦那のプライドやエゴでしかないし、もはや奥さんは置き去り。
でも、例え筋としてそれが正しいと分かっていても“男として許せない”的な気持ちに支配されてしまう。

この夫婦はこの後きっと別れるだろうけど、もし子供がいたら壊れかけた夫婦を繋ぐことができたかもしれない。
しかし、イランの中ではリベラルな夫婦であり無理してまで(生活が苦しくなってまで)子供を持たないという方針に見えた。
もし多少無理してでも子供がいれば、きっと違った結果になったのではないかということを示唆したような食卓シーンが印象に残った。
チーズマン

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