このレビューはネタバレを含みます
ファルハディ監督の「別離」がとても計算された胸打つ家族ドラマになっていたのでこちらもAmazonプライムで鑑賞。
アーサー・ミラーの「セールスマンの死」を夫婦で演じるイランではかなりのインテリであろう高校教師エマドの内面がテーマ。「別離」より直球なのでわかりやすい。
セールスマンの死の主人公ウィリーは仕事一直線で生きた老セールスマンで、子どもたちともうまくいかず、仕事も失敗して家のローンに追われて最後は自殺する、身もふたもないストーリー。
イスラム社会でそんなインテリ劇を夫婦で演じるエマドとラナに不幸な出来事が起こる。
ラナが引っ越し先で夫を待つ家のバスルームで男に襲われてしまう。
イランでは性犯罪の場合、女性の方が非難される場合も多いようで、犯人が使用した車を慌てて乗り捨てていくなど、すぐにも捕まえられる証拠がありながらラナは泣き寝入りする。
夫のエマドはそんな状況に苛立ち、妻の気持ちを考えず当たり散らしながら犯人探しを自分でしてしまう。ラナが望むことは蔑ろにしていく。
イラン社会でインテリであるエマドは「俺のもの」であるラナを襲った犯人を捕まえることに執念を燃やしていく。
そして捕まえた犯人はセールスマンの死のウィリーのような老人だった。
家族に隠れてエマドたちの前の住人の若い女性を愛人にしていた老人は、彼女に会うつもりで入った部屋でラナの裸体を見て襲ったと白状する。
復讐心に燃えるエマドは妻を呼びつけて、犯人の妻や子どもたちの前で白状させ生き恥をかかせようとする。ラナはすでに打ちひしがられた老人をみてエマドに
「彼の家族に話したら私たち夫婦の関係は終わる」と逆に脅す。
犯人の老人は心臓が悪くて家族が到着するまでに一度発作で死にかける。エマドとラナは老人を必死で介抱し老人は一命を取り止める。
このあたりの気まずさが、この監督の真骨頂。
駆けつけた犯人の家族に感謝されて彼の妻からは「セールスマンの死」の主人公の妻の劇中の言葉
「この人は私の人生全てです。」と言われてしまう。
どうしても収まりつかないエマドは犯人の老人を家族から引き離して別室で殴りつけてしまう。老人と家族は部屋から出るが廊下でへたり込み、結果的に殺してしまう。
表面的にリベラルな夫婦と見せていても夫の中身はどうなのか。そんなテーマなのはよくわかる。
果たしてエマドとラナはこの後どうなる?というところで映画は終わり。「別離」の最後と同じでその後の夫婦の問題はそれぞれの観客が考える終わりかた。
後味の悪さが残るのが、この監督の特徴。