セールスマンのネタバレレビュー・内容・結末

「セールスマン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

この作品の映画評については映画評論家の町山智浩氏の「『最前線の映画』を読む」がパーフェクトだと思う。町山氏は主人公の高校教師エマッドに注目している。エマッドは高校教師の傍ら舞台俳優としての活動しており妻のラナも女優である。このほど上演する芝居は1949年ニューヨーク初演のアーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」。町田氏は「エマッドは旧時代のマチズモ(男性優位主義)を克服したリベラルなインテリである。いや、そうあろうとしていた」と指摘する。ところが引っ越したばかりの部屋でラナが何者かに襲われたことをきっかけに夫婦関係がおかしくなってくる。生徒に苛立ち「父親を呼ぶ」とイランの父権主義そのものの発言をし、犯人を自ら見つけ出し、その心臓の悪い父親ほどの年齢の老人の家族になにもかも告白すると脅すも結果的にできず、腹いせに別室で殴ってしまう。その後老人の容態は急変し死んでしまったようだ。何のことはない、エマッド自身がまさに男性優位主義の権化だったとわかるのだ。男性優位主義VSリベラルと見せかけておいて実際は男性優位主義同士の新旧の争いであった。これは現代イランの問題点としてだけではなく性暴力によるセカンドレイプの問題、医学部入試における男女格差などを鑑みるに残念ながら日本でも置き換えられる問題だ。
私ならどうするか、いきつもどりつする思考の中でモヤモヤといつまでも考えている。

この暗い内容の話を2時間ほど飽きずに見せる素晴らしい脚本だった。冒頭、女優に娼婦役だからバカにしていると言わせたり隣人のあなたにも落ち度があったというような発言、夫を盲目的に崇拝しているような老婆など、現代イランの女性の置かれている状況を物語に落とし込んでおり上手い。派手なアクションは皆無だが心理サスペンスとして見ても良作だと思う。ただし視聴後スッキリはしないのでご注意を。
映画館で見たかったが時間が合わず
レンタル

お爺さんの最後の表情がもう
ものすごくなんとも言えない気持ちになった

俺にはわかりません
本当のことを言っているのか
嘘を言っているのか

本当のことを言っていたなら
妻は あれを自分でやってる自作自演してるってことだ

お爺さんが
俺は嘘をついてない なんでこんな目にって顔してる感じを受けてしまう

心臓マッサージのシーン なんで妻は助けないのか
本当にされたなら分かる
いやわかっちゃダメだけど

されていないなら 罪悪感から絶対に助けるはず
なのに助けずに上に登った
演技を突き通さないといけないからなのか

もー考えたらよくわからない!
面白かったです!
みんな人当たり良く日々がんばってる。でも本性は?しかし裏表あるのが人間。ラストの方、いたたまれない…。
「セールスマンの死」が絡んでいくのかなと思ったら、まあ、ちょくちょく引き出される感じ。それ以上に気まずい…、いたたまれないし、善悪、強弱のバランスがすごく不安定にさせていて、重層的だなって思う。
そして何より、子役の演技が上手。撮り方がとても自然で、子どもならではのハッチャケ方が見えてくる。メガネの男の子とかとても良いなー

性暴力の被害で怒るエマッドがラナの本心を上回っちゃうマチズモ性は、「わからないでもないけど、とにかく落ち着け!」感があった。ラナが表沙汰にせず泣き寝入りしようとする社会性は本当に酷いんだけど、これはイランだけの話じゃないよなあ、てところ。

なにより、犯人の男の往生際の悪さとかも見てて本当に哀れなんだけどさ、彼を罰するにも罰しづらい状況が生まれてきて、もう本当に気まずい。この映画、本当に気まずい。気まずくて、面白い!って感じがする
静かな映画なのにずっと集中して見てしまいました。地味に投げかけられる主人公や暴行被害者への言葉や会話がうずうずとへこんでしまう。
イラン映画である。人々はどういう感じかなと思っていたら、主人公は先生を掛け持ちに演劇に取り組む人物で、なおかつ演ずる題目がアーサーミラーの「セールスマンの死」意外であった。
事件はその妻が暴漢に襲われるというところから始まる。
犯人探しである。
考えさせられたのは、魔が差したところの解釈の問題である。
犯人が老人で娘も結婚を控え、家庭としては絶頂の時にある時に起きた。その妻は夫の事をすべてであると考えている。
実際、襲われた方の妻は温情のようなものも芽生えているのに、夫の方は気が納まらない。
犯人の老人はこの事で心臓発作で倒れ、その生死は明らかにされない。
演劇の内容と同時進行的に進むのかと思っていたがそうではなかった。主役の女優さんが綺麗だった。
キアロスタミがすきだったから、イラン映画の雰囲気味わいたくてみた

この静かな感じがいいんだよなー

劇中劇がわかんなかった、
住んでいたアパートを強制的に出る羽目に。住む場所が無くなったため劇団仲間の紹介ですぐにみつかりそこに越すことに。旦那が帰ってきたと思い扉を開けてしまうがそれによって犯さててしまう。被害にはあったが警察にはいかないですぐに引っ越したいと希望するが旦那が犯人探しを始める。いざ犯人をみつけ呼び出したが来たのは義父だった。が事情を話していくとなにかおかしい。この義父が犯人だった。奥さんを呼んで家族にこの事を話すと伝えるが奥さんはもういいと。
どんな人間も状況によって、別人になることがある怖さ。 
普通の生活のなかで、誰かの引き金がどこにひそんでいるかは分からない。
そして個人的には被害者が、加害者の家族との対峙によって加害者のとりまく現実にまで向き合わされる部分に何とも言えない気分にさせられた。
淡々とした展開だけど、見入ってしまう。
妻の身に何があったのかがあいまいなまま進むけれど、夫は見ていても非情で無理解で身勝手に思えた。
夫婦は気持ちがすれ違い、ぎくしゃくしていく。
そのいらだちを夫が見事に探しあてた犯人にぶつける。
犯人の男も愚かなことをしたなぁと思った。
があまりにも弱いその姿に、こちらはどうとらえてよいのかわからなくなってしまう。他人を傷つけた男は誰かの大事な人だったのだ。ひとにはいろんな側面があり一概に断定できないということだろうか。
しかも、犯人が見つかりよしんば天誅が下ったからと言って、夫婦のこじれた仲が即元に戻るわけでもなく…。
この先このふたりはどうやって行くのだろう。
終始暗澹とした映画だったが不思議と魅せられた。
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