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聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアのsnowwhiteのレビュー・感想・評価

3.4
『哀れなるものたち』の予習第2段。(因みに予習第1段は『ロブスター』。初めて観たヨルゴス・ランティモス監督作は『女王陛下のお気に入り』)

ロブスターと同じくコリン・ファレルが主人公。ニコール・キッドマンが奥さん。ニコール好きなので嬉しいなあ。特に悪女やってる時がいいんだよねえ。

主人公は心臓外科医。奥様も眼科医。娘と息子がいる。夫は娘がお気に入りで妻は息子がお気に入り。何の問題もない裕福で幸せな家族だ。

16才の少年が主人公に会いに来たところからおかしな事が起こり始める。



(ネタバレあります。)
ある日、少年と主人公はレストランで待ち合わせ。主人公は高価な腕時計を少年にプレゼントしている。

何これ?少年は主人公の隠し子?それとも離婚した元妻に引き取られた子供?とか思ったが正体は明かされない。取り敢えず主人公は少年に優しく少年も主人公に礼儀正しくはあるが懐いている。

少年がフライドポテトを残して他のものばかりを食べているのを見て主人公は聞く。「嫌いなの?」
「好きなものは最後に食べるんだ。」と少年。

この少年が主人公の職場に突然現れたりして何だか不気味で恐い。

ある日主人公は自宅に少年を招く。家族に紹介し食事でもてなす。少年と子供たちは知り合い、特に娘は少年にどんどん惹かれていき付き合うようになる。

少年の正体が明らかになる。2年前酔っ払った主人公が少年の父を手術して死なせてしまったのだ。

少年による復習劇が始まるのかと思えばそうではない。ロブスターでもそうであったがヨルゴス・ランティモス監督の脚本は一筋縄ではいかない。

主人公は父の敵とも言える医師を母と結婚させて家族になろうとしていた。当然主人公は断るが執拗に会ってくれと連絡してくる。

主人公は父親を死なせてしまった負い目もありあまり無下にも出来ずにいて、到頭少年の家に食事に行くことに同意してしまう。少年が寝に行ったあと母が迫るが主人公は振り払って帰る。一体どんな親子?頭がおかしい。

その後も執拗に電話がかかるが主人公は適当に理由をつけて断り続けた。

ある日、息子が「立てない。」という。病院で検査するも原因が分からない。心理的なものとの診断だ。仮病も疑ったが本当に立てなかった。入院しても良くなる気配無し。

次に娘も同じ症状が。娘も息子と同じ部屋に入院。母はお気に入りの息子の世話を甲斐甲斐しくする。娘は少年と電話で連絡を取り合ってて立てないはずなのに電話で指示された時は窓際まで歩ける。母は少年が気味が悪くなり娘に連絡をしないようにとスマホを取り上げる。

また少年が主人公に電話してくる。断ろうとするが何だか不吉なことを言われて気になるので会いに行く。

「僕は父が死んで家族が1人減ったのに、そっちは4人で不公平だ。これを解消するために誰か1人死ぬ必要がある。(=生け贄を出せ)誰にするかはあんたが決めていいよ。①最初は身体に力が入らなくなる。②次に食べられなくなる。③その次は目から血が出る。そうなれば直ぐに死ぬ。1人2人と死んであなた1人残る。あなたは死なない。全部死なすか、1人だけ殺すかはあんたが決めるんだ。」

狂っている。だが頭がおかしい人は自分だけのおかしな論理で動くのだ。世の中の殺人者は皆こんなものかも知れない。

主人公は悩む。妻に相談するが、妻は「どうしてあなたがしたことで関係ない私たちが巻き添えにならないといけないのよ!」

まるであなたが死ねばいいのよと言っている様に聞こえたのは私だけでしょうか?普通なら何とか家族全員助かる方法を考えるとか、少年を殺す方法を考えるとかしそうだけど、この家族は違う。

娘も息子も父に媚びる。自分が生き残れるよう父に自分を選んで欲しくって。父は娘が気に入っているので息子は危機感があったのだろうが、娘は狡猾だ。父には私が犠牲になるからといい子ちゃんぶりっ子するが(自分はお気に入りだから犠牲になると言っても父は自分を残す事を知っている)、裏では母と弟が死んだら自分は少年と暮らすのよと考えている。自分は少年と付き合ってるから少年は自分を助けると言うことを知っているのだ。この娘、最初に出てきた時から気に入らないわ。

主人公は少年を拉致し子供たちの病気を治させようとするが上手く行かない。少年はしぶとい。

妻は少年にすり寄る。母親なら自分が犠牲になるから子供たちを助けてとか言いそうなのにこの母は違う。自分が生き残る為なら少年の足でもキスしてしまう。挙げ句の果てに少年を逃がす。

追い詰められた主人公は迷った末に遂に決断する。目隠しをしてグルグル回って銃で撃つという方法。誰かに当たるまでやるらしい。

少年を殺した方が早くないかい?殺人は嫌だが家族を殺すぐらいなら少年を殺すのじゃないだろうか?ロブスターでもそうだったが支配されてる相手の言いなりになり過ぎだ。何故ヨルゴス・ランティモスの脚本は主人公(達)は反逆に出ない?

3度目に息子に当たる。
場面切り替わって家族3人でレストランで食事をしている。家族?いやもう家族とは言えないな。もう2度と元の家族には戻れない。

レストランに少年が入ってきて近くのカウンター席に座る。娘とチラチラ目を合わせている。

娘は一番最後にフライドポテトにケチャップをたっぷりかけて食べている。

映画の
①最初に4人家族の食事シーン。
②次に少年と主人公のレストランシーン。
③家に少年を食事に誘う。
④少年の家での食事シーン
⑤ラストの3人の食事シーン+1人

食事シーンが色々出てくる。これが後で効いてくる仕掛けになっている。

例えば②で少年は一番好きなフライドポテトを最後に食べるといい、⑤で娘も最後にフライドポテトを食べるシーン。まるで娘と少年が通じあってるかのよう。しかも血だらけのようにケチャップをつけて。

食べ終わった3人はレストランから出て行く。出ていく時も少年と娘は目を合わす。示しあってるかのように…。終わり。

おっと!良く見たら娘は普通に歩いて出ていったではないか!!病気は治っているってことかー!少年は娘を死なせないってこと。


ヨルゴス・ランティモス監督はギリシャ人だ。ギリシャではギリシャ神話が歴史学として学校で教えられている。ギリシャ人には根付いているのだ。

『アウリスのイピゲネイア』という戯曲を参考にして映画を作ったとヨルゴス・ランティモス監督が語る。
トロイア戦争に向かう途中のギリシャ軍総大将のアガメムノーンは不用意な言葉で女神アルテミスの怒りを買ってしまう。国の為に女神の怒りを納めなければならないので、娘イピゲネイアを生け贄に捧げようとする。
アキレウスはイピゲネイアを救おうとするがイピゲネイアは逃れる術はないと考え生け贄になる道を選ぶ。
というのがこのストーリーだが、実はこの後がある。アキレウスはイピゲネイアを救いだし2人は一緒に暮らすのだ。

このギリシャ神話を知っているギリシャの人がこの映画を観た時ラストはどの様に見えるのだろうか?

ラストのシーン。最後に残るフライドポテトを食べる娘。娘を食べるのは(自分のものにするのは、もしくは救い出すのは)少年。少年と娘は一緒に暮らす?

少年役のバリー・コーガン。不気味で恐かったー!何処を見てるのか分からない目付きがとても不気味。声を荒げず淡々と喋るのが余計に不気味さを増していた。

ニコール・キッドマンは流石の演技。やっぱりニコールは悪女が上手い。『誘う女』『ノースマン 導かれし復讐者』の悪女役、良かったなあ。

『哀れなるものたち』息子の都合がついて、やっと観に行ける!早く観に行きたい。予習が役に立つのか分からないけど楽しみだなあ!

DayDayであの豪華なセットを見て以来ずっと見たかった『哀れなるものたち』端から端まで歩いて30分かかるそうだ。あの凝ったセット、街ごと作ったかと思うようなセットだけでも映画館で観る価値あると思う。滅茶滅茶楽しみ!
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