古川智教

ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択の古川智教のネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

第一章の冒頭で画面奥から走ってくる鎖のように連なる長い貨物列車、第二章の森でのジョギングの後に家族のいるテントに向かっているミシェル・ウィリアムズの隣を流れていく一本の川、第三章では弁護士であるクリステン・スチュワートが講義のために片道四時間かけて往復する長いハイウェイ(映し出されるのは牧場の女を演じるリリー・グラッドストーンが車を運転するときだけではあるが)、この三つの形象は一体、何を表しているのか。ある女性が歩んでいく道のり、それもレールが敷かれてどこに向かうかが分かりきっている道のりのことだろうか。予め決められたコースをまっすぐに進んでいくしかないのか。一体どうすれば、この道のりから外れることができるのか。外れた先には何があるのか。

原題の「certain woman」を「ある女性」と訳すだけではなく、「確かな女性」と訳してみよう。「ある女性」が「確かな女性」へと変わっていくための道のり、その踏み外し。「確かな女性」に至るためには一筋縄ではいかないことをこの映画は示している。長い一本道から逸れていくときにはじめて「ある女性」は「確かな女性」になる。(そうした意味では「ライフ・ゴーズ・オン」という邦題は不適切であるどころか、真逆のことを言ってしまっている。確かに三つの流れていくもの、貨物列車、川、ハイウェイが三人の女性をつないでいるようにも見える。しかし、このつながりは女性を縛りつけるものなのか、連帯させるものなのかは判然とはしない。つながってはいくが、そのつながりは非常に脆く不確かだ)

第三章の終わりで、牧場の女が居眠り運転をし、長いハイウェイの道から外れていくシーンを思い起こそう。「ある女性」から「確かな女性」へ至る何らかのきっかけがあったからこそ、そうした踏み外しの出来事が起こったのだ。

女性の確かさとはどこにあるのか、どうしたら得られるのか、何をもって不確かさから身を引き離すのか。第一章から不確かさが画面を覆っている。凍りつくような寒い日の曇天、霞んだ光、くすんだ色合いの映像。不倫相手の男との情事でホテルにいるときのローラ・ダーンの服はピンク色ではなくモグラ色だと男から言われてしまう。明瞭な色ではなく、曖昧な色。ここではまだ女性の確かさは、男との比較でしか成立していない。情事の相手である男と、依頼人である裁判をするよう訴える男と。ショッピングモールでのインディアンの服の鮮やかさがローラ・ダーンのモグラ色の服と対比され、そうした不確かさから抜け出そうとするための非常に小さい糸口としてあるかのようだ。しかし、裁判をするよう訴える男がライフルを持って立てこもるときに人質としているサモア人の警備員は王=確かさの後継者ではあるが、十四人の他の後継者が死ななければ王にはなれないという不確かさのうちにいるままだ。男との対比からでは、「ある女性」は「確かな女性」には変われない。

第二章では、女性の確かさは不倫している夫や反抗的な娘といった家族との比較に寄りかかっている。確かさの象徴は、開拓自体の砂岩だが、手に入れられるかは交渉次第でまだ怪しい。しかも、その交渉にはまたも男の思い出や感情やプライドが絡まり合ったままだ。どれだけ歴史があって硬い岩や確かな家族が傍にあっても、それだけでは「ある女性」は「確かな女性」には変われない。

第三章では、牧場の女を演じるリリー・グラッドストーンの傍には馬や犬といった動物たちがいて、一人で牧場を切り盛りしている以上、男や家族といった相手よりは動物の方が「ある女性」を「確かな女性」にするための助けになっているようにも思える。だが、まだそれだけでは足りない。不確かさはところどころに残る雪や霜がくすんでいくように拭えない。公共の学校に講師に来ている弁護士のクリステン・スチュワートとの出会いがもたらす結果に注目しよう。仲良くなろうとしていた矢先にいなくなったクリステン・スチュワートを探して、長いハイウェイの道のりを越えて、牧場の女が街を訪れる。クリステン・スチュワートと再会はできるのだが、キャリアや生活が大事な相手はよそよそしく、牧場の女の思いは受け入れられない。牧場に一人でいるとき以上の孤独が訪れる。そう、この孤独こそが「ある女性」を「確かな女性」に変えるものなのだ。何かとの対比で女性とみなされるのではなく、何とも比較されないある一人の女性が立ち上がってこなければならない。その象徴として、帰途につくときに牧場の女は居眠り運転で長いハイウェイの道=女性の道に敷かれたレールから逸れて、踏み外すのである。

そうした女性の孤独が見出されたからこそ、第一章に物語は戻って、ローラ・ダーンが男であることの人生の道を踏み外した男と刑務所で面会し、向き合うことができるようになるのだ。「確かな女性」として。ただし、男とは適切な距離を取って。ローラ・ダーンが差し入れで持ってきたシェイクの入った二つの袋を近くに寄せた後で、少し間隔を空けるように袋同士を離す動作をよく見てみよう。第二章に物語が戻ると、ミシェル・ウィリアムズが開拓時代の砂岩を手に入れ、それを積み上げ、築き上げている途上である。女性の確かさがこれから築き上げられていくのだ。
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