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Lights(原題)のTnTのネタバレレビュー・内容・結末

Lights(原題)(1966年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

 クリスマスツリーに飾られる光の粒が美しい。サイレントで、映像のみなのは正解だ。このLightたちは音よりも雄弁に語る。サイレントナイトって言うぐらいだし。

 カメラを初めて持ったような初期衝動がカメラから滲み出ている。とにかく一貫性の無い、あらゆるアレブレやらを試みているようで、常に少し期待を裏切ってくる次のカットの連続。それが楽しいのでずっと見てられた。距離も違えば早回しもあったりと、瞬時に把握できる光の粒と、それが由来する元の電飾や車のヘッドライトなどが判明する時の二段階の楽しみ。もはやそれが判明するのはコンマ数秒で、それは意識に達するまでの時差による反応だろう。光、それはどの物質よりも一番に飛び込んでくるものである。

 光のアート。それはしかしチームラボ的な如何にも”映え”なものとして、もしくはそれ以前に安価に大量に光らせられるLEDの登場でまたたくまに普遍的なものとなった(陳腐化とも言えるが)。今作から窺える原初的な光への感動もそういった意味で失われたものに近く、貴重なフィルムになったと言えるかもしれない。また、上記現代光源の群れは音を伴っており、それはかのエレクトリカルパレードから踏襲された音と光の祭典なわけなのだが、光は元は光だけなわけで、ロウソクに灯る明かりのような静けさがあってもいいじゃないかと思うのである。やれ煌びやかっぽい音を安易に付けたり荘厳さを醸さずとも光は十分に感動的なのではとこの映像を見て思った。デートで光の粒の前の静寂を前にして立ちすくむ方が、よっぽどドラマチックだ。演出の感情を誘導しようとする強引さにはやはり拒否感を覚える(周囲の喧騒を掻き消すためなんだろうけども)。以前自分が某アート会場のバイトで、ずっとその”サウンドスケープ”にさらされて気が遠くなったせいかもしれないが。

 マリーメンケンというアーティスト。ウォーホル映画なんかにも出演したりする所謂ファクトリー界隈の芸術家らしい。彼女は画家の一面もあり、そもそもは絵が先でその延長に映像という順番だったそうだ。彼女の絵のスタイル自体も光やスパンコールなど、テーマは同じである。フィルムの温かみが功を奏したとも言えて、デジタルで果たして彼女が同じことをしたかと言うと疑問である。

 にしても、単にクリスマスを前にした興奮なんかも伝わってきて、見てると温かい気分になれるのだった。感情はフィルムに刻み込まれるのだった。
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