明石です

A2 完全版の明石ですのレビュー・感想・評価

A2 完全版(2015年製作の映画)
5.0
1999年。地下鉄サリン事件から4年が経ち、布教活動の全面禁止を発表したオウム内部に森達也監督が再びカメラ一台で潜入するドキュメンタリー。前作『A』をまさか超えてくるとは、、という大傑作でした。

まずオウムの信者については、彼らの多くが、一部の異常者(というか麻原彰晃)の暴走のために人生を狂わされた被害者だと私は認識してるし、それは事実から遠くないと思ってる。この映画では、サリン事件からしばらく経ち、信者が各地へ離散し、地域住民と衝突するさまが描かれているのだけど、住民たちが自身の口で語る通り信者を、「人としては嫌ってない」のがひしひしと伝わってくる。「殺人集団は出ていけ!」と看板を掲げつつも、彼らが殺人者なわけではないことを皆知っている。しかし、かつて人を殺した宗教の信者ではあるわけで、何かきっかけがあれば、彼らが豹変しないとも限らない。そこに本作の映し出すジレンマがある。

オウムの信者と話したことがないにも関わらず「オウムは殺人集団だから1日も早く排除する」と訴える人々に、「オウムの信者と話したことはあるんですか?」と問う森達也監督の立場は、前作から一貫している。この人はニュースを報道するために時間を追うのではなく、「真実」を捉え?ためにカメラを回している(ゆえに、オウムに全面的に肩入れするわけでもない)。オウムを批判する人というのは、オウムに実害を被った人とその関係者か、あるいは信者と会ったことがない人かのどちらかなんだろうなと思う。2020年代に入ってこの問題を再考する(と、格好つけて言ってますが実際には面白がっている)私からすれば、オウムが殺人集団だというのは一方的な決めつけに近い偏った見方だという認識がある程度下地にあるわけで、その点で、森監督には先見の明があったんだなと再確認する。

オウム真理教の人間というだけで彼らの人となりを無視し、まるで同じ人間でないかのように横柄な態度で接する作中の一般の人たち。対して、「最初は彼らを監視しに見にきてたけど、だんだん、守るためになっちゃってねガハハハハ」と笑う、オウムの修行場の隣に住むおじさんの顔。こういう対比を引き出すのがドキュメンタリーなんだろうな。オウム反対を唱えるためにひとつのコミュニティができ、そこに属する人たちが、オウムの信者に触れるにつれ、「オウム反対」ではなくなってゆく。同じ時代を生きた大多数の人たちには許しがたいことなのかもしれないけど、人と人との付き合いとしては至極真っ当なことだよなと思う。

また住民の女性が「皆にあれだけ突っつかれても、ひとつのことにまっすぐ進んでる(女性談)」彼らに敬意を口にするカットは、まさに私の、宗教を信じる人への思いを代弁してくれてる。何やかやといらぬお節介を焼かれてもなお、自分が正しいと思うものを信じ続けられる人はやっぱり尊敬に値するのよ、、そしてその信じる対象に優劣はない、と私は思う。

前作『A』から変わった(進化した?)点としては、オウムを憎む団体にも潜入し、彼らの怒りを内側からカメラに収めていること。しかもその団体というのがコテコテの右翼。「上祐を出せ!」と声を荒げて警察に詰め寄る姿がめちゃくちゃリアルでした。そんなことしたって何の意味もないのに、、という点まで含めて。私も右翼的な人たちとの関わりがまったく無縁ではない(私は右翼ではない)ので、一応見知ってはいるのだけど、右翼の人たちってまさに本作で描かれるような、ヤクザみたいな格好で声を荒げて自分たちの主張を通そうとし、ルーフにスピーカーをつけた真っ黒のバンで耳を弄する音楽を流して回るユニークな人たちなわけで、それはこの頃からずっと変わってないんだなと変に感動した。そしてオウムから信頼を得つつ、その反対の思想を持つ団体にも潜入することに成功している監督に、また一段と敬意が募った。

最後に、離散していたオウムが神奈川の家で一箇所に集まった直後のシーン。彼らを追い出したい地域住民が、100人規模でデモを起こして、信者の家を訪ねるシーンには、胸がきゅうっと締めつけられた。「3人くらい入ってきて下さって、家の中でゆっくり話しましょうよ」と信者が提案するも、ビラのようなものを渡し(たぶん申出書だと思う)て、みずから家の外に出、拡声器を使って大声でシュプレヒコールを唱える姿が空々しく、胸が痛んだ。彼らにとっては、話し合いという「実」をとるよりも、デモというわかりやすい行為に身をやつしている事実の方が重要なんだなと。

4年前の『A』から一貫して、オウムの真実を捉えると同時に、オウムを反対する人たちの欺瞞や報道の至らなさにメスを入れてゆく森監督の熱意が素晴らしい。映画って、戦争なんかの時代にはもっぱら真実を伝えるための媒体として機能していたはず(もちろん表向きには、の話。実際にはプロパガンダに流用されてたわけだけど)で、オウム事件ように大きな出来事を経た後、彼らにまつわる真実を伝える映画がこの作品以外に出てこなかったことを、遅まきながら悔やむ気持ちが湧いてくる。今ではもう「実録」の体裁は取れても、ドキュメンタリーを撮ることはできない。
明石です

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