ごんす

フェンスのごんすのレビュー・感想・評価

フェンス(2016年製作の映画)
4.2
舞台は1950年代アメリカピッツバーグ。
デンゼル・ワシントン演じる主人公トロイは黒人より白人が優遇されるからという理由でメジャーリーグ選手の夢を絶たれ、ゴミ収集員として働きながら妻ローズと息子コーリーと暮らしている。

息子コーリーにアメフトのスカウトから大学推薦の話が舞い込むがトロイは黒人にチャンスはない、白人が優遇されると大反対…。

89回アカデミー賞で作品賞にノミネートされヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞した作品。

この年のアカデミー賞は助演女優賞ノミネートの人たちに好きな女優が多く、個人的にはマンチェスターバイザシーで短い出演時間で魂を感じるような演技を見せたミシェル・ウィリアムズに獲ってほしかったけれど当時この「フェンス」のヴィオラ・デイヴィスを観れていなかったのでどんな演技をしたのだろうかと気になっていた。

まずアカデミー賞の主要部門でノミネートだけでなく受賞もした作品が日本では公開されなかったことに強い驚き。
これは興行的に成功しなそうと判断されたのだろうか。
そのことについてネットの記事を調べ読んだりするだけでも残念な気持ちになる。


もし自分が子供の頃主人公トロイがお父さんだったら正直きつい。
本当に家にいたくない。
トロイの家庭に対する考え方や“男としての責任”という迷いのない態度は一歩間違えると「葛城事件」のようになってしまった様に思う。
トロイにも悲しい過去があり、“俺みたいにならない様に”との想いでコーリーに考えを押し付ける。

父親の執拗なまでに抑圧的な態度にコーリーは父親が自分のことを好きなのかどうかも分からなくなり、父さんは僕を好き?と聞く。
その時トロイは「好きかどうかは関係
ない」と言い切る。
彼にとっては家庭とは、子供とは責任なのである。
責任を負う為に強くあり続けなければならない。
そこに好きだの嫌いだのといった感情は必要ないらしい。

ここまで頑なに自分の考えを否定するトロイに対しコーリーは息子である自分にスポーツで成功し追い抜かれることが怖いんだろうとますます反発していく。

そんな怪物のような夫をこれ以上ないくらいにサポートし、家庭を守っているのがヴィオラ・デイヴィス演じる妻ローズ。
彼女の支えがなければこの家族はとっくに崩壊していたし、この物語の主人公はローズだったのではとも思う。
本当に彼女がいないと親子は殺し合ってしまうのでは?とヒヤヒヤさせられたし、逆に彼女がいる時は何とか大丈夫だろうと安心して観られた。
夫と感情をぶつけ合うような口論のシーンも印象的だったけど彼女は映画の前半と後半で顔つきが全然違う様に感じるのが凄かった。


この夫婦を観て思うことは妻であれ夫であれ出逢う前は色んな可能性の扉をひとまず閉じて共に生きていくことを選んだのだなということ。
そこは時代関係なく忘れずにいたいことだと思ったし、トロイの“自分だけが責任を背負って息がつまる”という思い上がった考え方や中盤以降に発覚する彼の行動は許せるものではない。
自分が感じた窮屈さを何故相手も感じたことがあるかもと考えられないのだろうか。

予想以上に人種や時代の違いを超えて自分の中にもあるであろう嫌な男性性とも向き合うこととなった。

壮絶な人生を送ってきたトロイという男を非難して終わるだけでは前に進めない。
有害な男性性のことや人を差別することもまず自分事として受け止めることから始めないと進歩しないなと強く感じた。
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