鹿江光

ムーンライトの鹿江光のネタバレレビュー・内容・結末

ムーンライト(2016年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

≪70点≫:月明かりに照らされて。
エンタメ性があってドラマチックであったかと問われれば、そうではない。いまだ“マイノリティ”として抑圧される社会の中で、ひとりの少年が青年になっていく成長記録。そこにあるのは現実と地続きの世界であり、社会的レッテルを超えて共鳴できるような感情である。肌の色や性差を取っ払えば、見えてくるのは“愛”であり、“生きることの苦しみ”である。環境や物事の大小は違えど、その愛や苦しみは必ずどこかで共鳴できるものだ。
作中では、苦しみの元となるような明確な出来事の描写はしていない。日々の中で何かが積み重なり、生きていることそのものが悲しみで覆われていく。やがて自分そのものが悲しみの水滴となっていくように、じわじわと主人公の心が露になっていく。それに合わせて物語も淡々と日々が描かれ、心と裏腹に身体は大きく成長していく。その静かで、普遍的な感情の発露が、我々の心に問いかけてくる。「お前は何者だ」「月に照らされると、お前は何色になるんだ」
これは“差別”をテーマにした作品か――。観客はあくまで第3者の視点で観ている。では主人公は、自分自身が黒人であることを“差”だと感じていたか。自らの親が育児を放棄し、麻薬に手を伸ばしていたことを“差”だと感じていたか。愛する対象への気持ちを“差”だと感じていたか。苦しみの要素ではあっても、そこに他者と比較するものさしはあったか。潜在的なマジョリティ思考で、この作品を観てはいなかったか――。
おそらく『ムーンライト』は、その作品そのものが存在することに意味があるのだろう。これが評価されるということは、万人の土台にマイノリティを理解する心があるということ。逆を言えば、この手の作品が評価される内は、まだマイノリティがそれ自体として存在しているということ。「なんか他愛もないよくある愛の話だったよねぇ」――そんな味気ない感想が出てきたときが、おそらく本当の理解の始まりだと思う。
個人的には、ゆったりした展開が好き。見入ってしまって、2時間があっという間だった。フアン役のマハーシャラ・アリがカッコいい……。『ルーク・ケイジ』のコットンマウス役とは全く違う側面を観れた。演技も微々たる仕草がとっても良い。映像の美しさも人間描写も音楽も、どれも繊細で脆く、それでいて心に根を張るような力強さがある。特に、所々でキーポイントになる“海”のシーンが強い。ラストシーンで明かされる、主人公の本当の“姿”、本当の“色”が、彼の瞳を通して、エンドロールを超えて観客の心を打ち続ける。月明かりに照らされて、我々はあらゆる自由の本当の色を知る。
鹿江光

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