ふくた

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?のふくたのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

岩井俊二原作というので期待して観ました。
オープニングから絵の描写が美しく世界観に引き込まれます。間の取り方や空気感も良!音楽、特に挿入歌は素晴らしいです。
ストーリーはもしもの世界を主軸としたSF恋愛モノで、ラストにかけてパラレルワールドがどんどん不自然になっていく様は別世界であること、主人公の本当の現実ではないことを突き付けてくるようで美しいだけ苦しくなります。
以下考察点
主人公2人のラブストーリー的視点から
中学生の少年少女の(精神的な)成熟度の違い故に上手くいかない切なさを感じさせます。この辺は身長差も表している通りで、少女が少年よりも成熟しており、考えも大人で会話もあまり噛み合っていません。小学生高学年くらいから中学くらいまではこんな感じだよな〜としみじみします(笑)。何回も少年はもしも玉を使いますが、少年の幼さからいつも駆け落ちは失敗してしまいます。しかしもしもの世界を繰り返し体験していくうちに少年は少しずつ成長していき(成熟差が減っていく)、少女も「ちょっと気になるな…」くらいから少しずつ惹かれていきます。ここは「結構喧嘩強いんだね!」などの台詞から感じられます。
でも最後のもしもの世界で「俺はこの世界でずっとお前といたい!」と言う少年と、答えずに微笑む少女がいて、結局少女が遥かに大人です。少女は答えない代わりに海の中で「次はいつ会えるかなあ?」といった感じの台詞を言いますが(記憶が曖昧…)、これは今はうまくいかないけど(もしもの世界でもうまくいかなかったけど)いつかうまくいく日がきてほしい、という少女の告白のように思えました。
この2人が上手くいかない理由ですが、先程から言っている成熟度の違いももちろん要因であり、少年少女が明らかに子供であるということもひとつの要因であるように思います。少女もいくら考えや見栄えが大人っぽいと言っても、自分の意思で通う学校や住む場所を選べない大人の支配下にあります。(親の再婚問題で少女の不自由さや無力さが浮き彫りになります。)少女は今の自分ではどうしようもないことを理解しており、駆け落ちなど無意味も同然であることも理解しています。しかしそれでも少女は駆け落ちを試みます。それこそまだ自己主張できる少女性であり、中学生でなければならなかった理由であるように思います。2人はどうしようもなく子供なのです。その理不尽な世界から無力な2人が「駆け落ち」する様は、あの年頃だからできる煌めきであり、叶わない一瞬の夢であり、切ないです。(ここは打ち上げ花火=2人の駆け落ち、なのかな…)岩井俊二監督のリリィシュシュのすべても無力な少年少女の話ですが、こういったストーリーは本当に岩井俊二〜!!!!!となります(笑)。
少女は小悪魔的で突拍子なく、謎めいてますが、これは(成熟してない)少年視点的には良いかなと思いました。広瀬すずちゃんの声も本当にいいです!これは彼女じゃないとダメ!菅田くんの声も情けなくていいけど…まあ菅田くんじゃなくてもいいかなという感じでした笑 キャラクターも少女が大人っぽすぎて「16歳に見える?」ではじめて中学生か!と気づいたほどなのでやや惜しいかな…

もしも玉のSF視点から
少年はもしも玉(勝手に命名)を使い、少女との駆け落ちを成功させようとします。最初のもしもはあのとき水泳で勝ってたら…このとき登場人物の会話がところどころ整合性が無いことに気づきます、さらに最後は花火がひらべったく、まったくの異世界であり、ありえない世界であることを感じます。もしも玉を使うたびに駆け落ちは進んでいきますが、同時に世界がどんどんちぐはぐになっていきます。最後のもしも世界では「もしも玉使いすぎやで!!!!!!!!!」ってくらい美しくて気持ち悪いです。自分が現実逃避しすぎたときにヒヤヒヤするあの感じです…恐ろしい…笑
とは言え、空想できない私にとってはあんな綺麗な画を見せられたら「ありえないかもしれないけどありえるかもしれないでしょう?こんな世界もいいでしょう?」と言われてるようでイマジネーションの素晴らしさというか…あんな風に世界を捉えられたら楽しいだろうなと思いました。これは幽霊を信じる信じない論と似ていて、自分が見たことないことを信じるか信じないか、という話です(上手く言えない…)。作中で少女が「のりみちくんの言うことなら信じる」と発言しますが、そのままです。どんどん大人になるにつれて、色々知って曇りなく信じるということがなかなかうまくできなくなりますが、この信じる、あるかもしれない、と全力で思うことの大切さというか。純粋さというか。ある意味宗教的な信仰心にも似ていますが、うーん。大人になっちまった〜と思わせられました、やはり上手く言えない!笑
話は逸れましたが、最後のもしも玉の崩壊シーンでは、沢山のもしもの世界が破片に映しだされます。ここではもしも玉が選ばれなかったもう一つの世界の集約であるように思いました。だとすると、やはり現実世界は唯一無二であり、もしも玉の崩壊=すべてのもしもの世界の消滅ということになります。ここで、もしも玉(=打ち上げ花火)を横から見る同級生と下(海)から見る主人公2人、となっていましたが、両方からみても全く同じもの(同じ破片、同じもしもの世界)を見ることができていなかったので、見方によって世界が変わることの示唆なのか、横から見ても下から見ても、もしもはもしも、ということなのか…この辺は考えるほど色々思いついて人によって解釈がすべて違うんだろうなあと思いました。

ラストについて
以上の恋愛視点ともしも玉視点を加味してラストを観ると一生答えが出ません笑
が、私が見てすぐ思ったのは最初からなずなは居なかったのでは…(超ホラー)で、ヒィッとなりました笑
でも「次はいつ会えるかなあ?」の台詞はやっぱりめちゃくちゃ希望的観測をしてしまいますし、タイトルを考えるともっとバックボーンをしっかり捉えたいなという気持ちになります。やっぱりタイトルが肝なのか…?
どちらにせよ、お酒を飲みながら色んな人に感想を聞きたいな〜!!!!!となる映画でした!笑
多く言わずして切なく情緒的で観た人だけの映画になる良作、ただ人物CGのところがどうしても苦手なので☆4です…
原作も読みたいしまたみたいです!
ふくた

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